第64話 居場所があるということ

 動画配信を本格的にはじめてからしばらく経ち、玲愛はパソコンの前で「んー」と腕組みをしていた。


「どうした?」

「再生回数が思うように伸びなくてさ。どうしたらいいのかなーって悩んでて」

「最近アップしたのはこれか?」

「うん」


 親子丼を作る動画で時間はちょうど10分だ。

 広告収入を得るためには10分の動画であることが大切だからだろう。


 鶏肉のスジや余分な油を切り落とすという下処理から出汁の割合、予め鶏肉をグリルで焼くなどの行程を丁寧に説明していた。


「どう?」

「分かりやすくていいと思うよ」

「でも再生回数が跳ねないんだよねー」

「親子丼が地味すぎるのかな?」

「そんなことないよ。案外こういうオーソドックスな料理の方が伸びることあるし。実際親子丼レシピで跳ねてるの多いよ」


 他の再生回数が多い動画を参考に観てみる。


「人気動画は編集がもっと細かい気がするね。テロップ入れたり、カメラワークが上手だったり、場面の切り替えも違和感ないし」

「そーなんだよね。動画編集って出来なくはないけど、あんま得意じゃなくて」

「じゃあちょっと俺がしてみようか?」

「え? 茅野さん出来るの?」

「上手ではないけどしたことあるし」


 早速玲愛の撮影した動画のひとつを編集し始めた。

 呆然と動画を観ているときには気付かなかったことも、編集をすることで見えてきたりもする。


 たとえばお肉を焼く時はぱちぱちという音が欲しかったし、卵をかき混ぜるときはもっとカンカンカンと小気味よい音があった方が映える。


 一つひとつは些細なことでも、それらが積み重なるとクオリティが高い映像に見えてくるのだろう。


「うわ、もうこんな時間か」


 時計を見ると既に夜の十時を回っていた。

 編集をはじめて二時間以上経過していたのに、まだ10分の動画も完成していない。


「動画編集って大変なんだな」

「うん。ありがとー。茅野さんのおかげでどんなところを気を付ければいいか分かったし」

「こんなことを毎日やって更新していくなんて大変だな」

「だねー。やっぱ楽して儲けるなんて甘いものはないよ」


 パソコンをスリープにして眼球を軽く揉む。


「そうそう。今日マスターのお見舞いに行ったんだけど、元気そうだった。転移も見つかってないって」

「おお! それはよかった」

「でも治療が長引くからまだ店の再開は先なんだって」

「そっか。仕方ないな」

「本当に大丈夫なのかな? 心配だなぁ」


 玲愛は浮かない顔で呟く。

 レストラン再開の見通しが立たないことより、マスターの身体を心配してるんだろう。


「この期間に栄養士の資格でも取ってみたら?」

「なにそれ?」

「専門学校に通って試験を受けて取るらしいよ。資料を集めてきた」


 なんの目標もないと孤独だろうと思って用意した資料だ。


「ふぅん。こういうのがあるんだね」

「最低でも二年かかっちゃうみたいだけど、更にこの先の管理栄養士になれば病気の人の食事の管理とかも出来るみたいだよ」

「それはいいかもね。ちょっと考えておく。でも勉強は嫌いなんだよなぁ」

「料理のことなら苦じゃないだろ?」

「それはまあ、そうだけど。でも二年は長いな。その間にマスターが元気になって葉月グリルが復活しちゃう」

「それもそうだな」


 動画でも資格でも、なんでもいい。

 とにかく玲愛が道に迷わないように何か目標を持たせてあげたかった。


「麟子は慣れない職場で大変みたい。毎日愚痴のメッセージが届くの」

「春から働いてるんだもんな」

「霞はどのサークルに入るか悩んでるみたい。運動は苦手だから国際交流的なのがいいかなって考えてるんだって」

「霞ちゃんらしいね」

「でもサークルってなんかエッチ目的の人多そうじゃない? 気を付けなさいよって注意してるんだ」

「はは。それは偏見だろ」


 玲愛も笑っているが、どこか寂しげだ。


「焦ることないよ、玲愛」

「え? うん……」

「人生は長い。飛ばしすぎるとあとからバテる。のんびり、ゆっくりでいいんだから」

「でもなんか、あたしだけ前に進めてない気がして」

「そんなわけないだろ。ちゃんと進んでるよ」

「でも家で動画撮ったり、お見舞いしたりするだけで、なんか取り残されちゃった感じがする」

「大丈夫」


 そっと玲愛を抱き寄せる。


「俺はずっと玲愛の隣にいる。置いていったりしないよ」

「うん。ありがとー」

「動画の撮影も編集も勉強して俺が手伝うから」

「それはダメだよ。茅野さんの負担になっちゃうもん」

「負担なんかじゃない。玲愛と一緒に出来る楽しみが増えただけだよ」

「そっか。あたしも楽しみが増えるって考えたらいいんだね」

「そうだよ」


 笑いながらゆっくりと唇を重ねる。

 もう何回目のキスなのか数えきれないけれど、それでもまだドキドキするし、玲愛を好きになる気持ちが強くなる。

 玲愛とこの先も年月を重ねていけるというしあわせに感謝せずにはいられなかった。




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 高校を卒業した春のことを、皆さん今でも覚えているでしょうか?

 見知らぬ土地の大学に通ったり、社会人として働き出したり、夢に向かって本格的に歩み出したり。

 読者さんの中にはまだ高校を卒業してない人もいるかもしれませんが。


 みんな不安と期待が入り交じり、そしてそれまでとは違う自由さにふわふわしたんじゃないでしょうか?

 社会人でも大学生でもない玲愛はちょっと不安を感じてます。


 なにかに属すことで自分が何者なのかを知るという風潮は、日本の社会でまだ色濃く残っています。

 それが正しいのか間違っているのかはさておき、玲愛が今いるところは自分のとなりだと茅野さんは伝えて支えています。


 居場所があるという安心感。

 それはとても大切なことなんだと思います。


 なんて、こんな真面目な話は本文に書くべきでしたね!





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