第62話 経験者のアドバイス

「よう、陸」

「兄貴。久しぶり」


仕事終わりに職場にやって来たのは兄貴だった。

一緒に駅まで帰ろうとしていた古泉さんは驚いた顔をして、突然ピシッとした。


「お兄様、はじめまして。私、古泉と申します。茅野課長の補佐をさせてもらってます」

「どうも。陸の兄の翼です。弟がいつもお世話になってます」

「お世話だなんてとんでもない。私がお世話になってるんです」


真面目な性格の古泉さんだけど、いつにも輪をかけて畏まっている。

俺の兄貴程度にそんなにへりくだる必要もないのに。


「突然悪いな、陸。お祝いしたかったのに遅くなって、近くまで来たから寄ってみたんだ」

「お祝いなんて大袈裟だな。課長代理だよ」

「そっちもあるけど『卒業』の方だよ」

「卒業?」


古泉さんは首をかしげる。


「さ、兄貴! 早く行こう! いい店があるんだ。悪いね、古泉さん。また明日!」


慌てて兄貴を引っ張ってその場を離れる。


「なんだ。玲愛ちゃんのこと、まだ隠してるのか? 別にオープンにしてもいいだろ?」

「よくないよ! 先日まで女子高生だった女の子と付き合ってますなんて言ったら何かとまずいだろ」

「そうかなぁ?」


玲愛とのことはちょいちょいメッセージで伝えていたので経緯は知っている。


取り敢えず俺たちは会社から離れた居酒屋に腰を落ち着ける。


「いいよなー、陸は。出世した上に若い彼女までいて」

「茶化すなよ。兄貴こそ自由気ままで楽しそうだし」

「まぁな。でも陸にはあんな美人秘書までいるから、やっぱり羨ましい」

「古泉さんのこと? 確かに美人だけど秘書じゃないし」

「浮気するなよ?」

「相手を見てから冗談を言えって。浮気されて離婚した俺に言うジョークじゃないからな、それ」


敢えて浮気ネタをぶっこんで来たのだろう。

変に気を遣わないところが兄貴のいいところだ。


「で、いつ入籍するんだ?」

「早すぎだって。まだ卒業したところだぞ? ゆっくり付き合って、それからだよ」

「そっか。それもいいよな」


思えば兄貴に唆されて玲愛を蟹旅行に連れていき、そして俺たちは気持ちを確かめあえた。

やや煽りすぎなところもあったけど、兄貴には感謝している。

あのままならいつまで経っても煮え切らなかった可能性もあるだろう。


「それで新婚生活はどう?」

「結婚してないから」

「やっぱりこれまでの関係と恋人となって住むのとは気分も違うもんなのか?」

「いや。そんなに違いは感じないけれど……」


頭にはもちろん勃起不全のことが過った。

なんでも相談できる兄貴だけれど、さすがに性について相談するのは憚られた。


「ん? どうした? なんか悩んでるのか?」

「ううん。別に」

「隠すなよ。なんか悩んでるんだろ? 陸は顔に出やすいからすぐ分かるんだ」


さすがは兄貴だ。隠し事は通用しない。


「なんでも相談してくれ。たった一人の兄弟だろ」

「うん……実はさ、EDっていうの? あれになってるっぽくて」

「勃たないってやつか」


兄貴があっけらかんとした反応を示してくれたので、話しやすくなった。


「どうも離婚した辺りからそうだったみたいなんだけど」

「わかるわー。俺もなったもん」

「えっ!? 兄貴が!?」

「言わなかったっけ?」

「聞いてないよ」


思い悩んでいたのがバカらしくなるくらい、兄貴は普通のことみたいに話していた。


「仕事でトラブルが重なってさ。ゴタゴタに巻き込まれているうちにストレスが溜まって、それで勃たなくなった」

「それで? 治ったの?」

「もちろん。今も大活躍してるよ」

「どうやって治したの? やっぱり病院とか行って治した?」


思わず身を乗り出して訊ねてしまう。


「いや。結局コンペに負けて、仕事逃して、ゴタゴタも収まってきたら治ったよ」

「そうなんだ」

「心的なものだしな。個人差はあるだろうけど。陸の場合は浮気現場を目撃したのが原因だろ?」

「現場は見てないけど、まあ、そうかな」

「ショックだよな、そりゃ。まあ今は幸せなんだし、色々溜め込まずに暮らしてみろよ」


心の問題だから原因も治るきっかけも一人ひとり違うのだろう。


「陸、お前もしかして玲愛ちゃんを大切にしすぎてるんじゃないのか?」

「は? 当たり前だろ。玲愛はかけがえのない大切な人なんだから」

「もちろんそれは大切なことだ。でも大切にするが行き過ぎて保護者みたいになってないか?」


そう言われて、ハッとした。

特に卒業式のあの日、俺はまるで保護者のような気持ちで式に参列していた。


「ちゃんと玲愛ちゃんを女性として見てあげろよ?」

「見てると思うけどなぁ」

「それにベッドの上ではもっと我を出していいと思う。どうせ陸のことだから玲愛ちゃんに気を遣ってばかりなんだろ?」

「それは、まあ、玲愛ははじめてらしいし」

「優しさだけじゃなくてエロさも持ち込め」

「それはさすがに、持ち込んでると思うけど」

「でも控え目なんだろ? 自分を押さえ付けてばかりじゃEDは治らないと思うぞ。少しわがままに、したいようにしてみろ」

「そう言われてもなぁ」

「アブノーマルなことでもしてみたら?」

「あのなぁ。玲愛ははじめてなんだぞ? そんなこと出来るかよ」


どこまで本気なのか、兄貴は声を上げて笑っていた。

具体的な解決法が見えたわけではないけれど、兄貴がそれを克服したという事実は希望の光だった。



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ついに1日更新を止めてしまいました。

すいません。


物語はついにクライマックスです。

何作品書いても、物語のラストを書くのは寂しいものです。

最後までよろしくお願い致します!

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