第50話 パワハラ課長への鉄槌

 一日の配達を終えて社に戻ると、異様な緊迫に包まれていた。

 何事かと思っていると関野課長の怒声が響いた。


「ふざけるなよ! 再来週にはオープンするんだぞ!」


 ドンドンっとデスクを叩く音が響いた。


「どうしたの?」


 ハラハラした顔で様子を伺っていた古泉さんに事情を聞く。


「あ、茅野さん。大変なんです。実は例の社長の古くから付き合いのシェフのレストランの件でトラブルが起きまして」


 古泉さんの説明によると注文していた食器の一部が間違っていたことが今日判明したらしい。


「どうすんだよっ、おい岡嶋! 二週間後にはオープンなんだぞ!」

「すいません」

「すいませんじゃねぇんだよ。どうするのか聞いてるんだ!」


 騒ぎが大きくなり、人が集まってくる。

 きっとそれも課長の狙いなのだろう。

 騒ぎ立てて注目を浴び、散々岡嶋を怒鳴り付けることにより悪いのは岡嶋だという印象を植え付けている。


 どんな場面でもどう動けば自分に得なのかを常に考えるのが関野課長だ。

 今だって興奮しているようで、意外と冷静という可能性が高い。


 それならば俺も冷静に対処してやろう。

 パソコンや資料で調べごとを始める。


「この騒ぎはなにごとだね?」


 騒ぎを聞き付けて社長が営業の部屋にやって来た。


「すいません、社長。実は岡嶋がとんでもないミスをおかして」


 関野課長は岡嶋に発言する隙を与えずことのあらましを説明する。

 もちろん岡嶋の不注意で間違いが起きたという答えが導かれるような、狡猾な説明で。


 話を聞いた社長は怒りや不快感を堪えた表情になった。

 岡嶋は完全に萎縮してしまい、社長の顔を横目で見ながらひたすら頭を下げていた。


「関野くん。君は部下の仕事を管理する役割だろう? 岡嶋くんのミスになぜ気がつかなかったんだ」

「すいません。私の管理不足です。年末の忙しい時期と重なったとはいえ、もっとしっかりフォローすべきでした」


 課長は管理職として目が行き届いていなかったことを謝罪している。

 あくまで自分は当事者ではないとアピールしているのが気に食わなかった。


 今回だけではない。

 これまで何度も関野課長はこうして罪を人に擦り付けてやり過ごしてきた。

 もう我慢の限界だった。


「まるで他人事みたいな言い方だね、関野くん。私は君にこの件を任せたはずだが?」

「あ、いえ……もちろん私が責任者として担当してます。たた実務を岡嶋に任せすぎたといいますか。私がきちんと彼の仕事をチェックしていれば──」

「岡嶋はちゃんと課長に言われた通り仕事をしてましたよ」


 俺が口を挟むと全員が振り返った。


「これは去年の十一月の営業会議の資料です。ここに今回の問題となっている食器の型式も載ってます」


 課長は俺から引ったくるように資料を手に取る。


「そこにはその間違った型番がそのまま記載されています。課長は何ヵ月も前からその目で見ているんです。もちろんこのときに気付いていれば間に合っていました」

「こんなたくさんの資料の中からこの部分の間違いを見つけろっていうか? そもそもこの資料なら私以外の、たとえば君だって見ているはずだ」

「その案件に関わっていたのは課長です。我々は詳細を知らない。それにお言葉ですが担当案件なら何度も入念に確認すべきじゃないでしょうか?」


 関野課長はまるで裏切り者を見るような目で俺を睨んでいた。


「だいたい岡嶋はそもそも間違ってなんていません」

「ど、どういう意味だ? 実際間違ったものが納入されているだろ!」


 怒鳴り散らす課長に次の資料を見せる。


「これは関野課長が岡嶋に送った社内メールです。ここに今回の誤った型番を書いていたのは課長なんです。岡嶋は忠実にそれに従って発注しただけです」

「お、岡嶋も担当者ならちゃんと確認してから発注すべきだろっ! 俺の指示に従うだけじゃなくてっ!」

「客先と打合せして決めてきたのは課長なんですよ? 岡嶋はその打合せに同席していない」

「そ、それでも確認のしようはあるだろ! 客先に確認してから発注するとか!」


 関野課長の苦しすぎる言い逃れに共感するものは、社長も含め一人もいなかった。


「君が無責任に部下に仕事を丸投げしてフォローもしていないといえ話は以前から聞いていた。まさかここまでだったとはな」

「ち、違うんです、社長! 私はいつもきちんと」

「君の言い逃れなんて聞いている暇はない。今はどうするかを考えるときだ」


 社長がぴしゃりと叱りつけ、関野課長は怒りで震えながら俺を睨んでいた。


「私が今から謝ってきます!」

「待て、岡嶋。謝りにいってどうする? そんなことよりどうするかを考えるべきだ」


 先走りそうな岡嶋を止める。


「でもこの食器メーカーはフランスで、在庫がないことも確認してます。今からお願いしても間に合いません」

「だからといって間違ったもので我慢してくれなんて絶対にお客さんにいっては駄目だ。俺たちのミスで客先に負担を強いるなんて、あってはならない」

「じゃあどうすれば……」


 責任を感じている岡嶋は泣きそうな顔で俺を見る。

 社長もじっと俺の顔を見ていた。

 普段関わりのない社長にここまで見られるとちょっと緊張してしまう。


「この食器は人気のモデルです。量販店でも取り扱っている店はあります。さっき調べましたが、近くのデパートにも少ないが在庫はあるそうです」

「考えが甘いんだよ、茅野は。五十セットだぞ? そんなにあるわけないだろ」


 まるで俺のミスを指摘するかのように関野課長が吠える。


「あちこちの店を調べれば揃えられるはずです。それこそ日本国中を探せばなんとかなる」

「たとえ揃ったとしても量販店で買えば当然割高になる! そんなことくらい小学生でも分かるだろうが! それじゃ商売にならないんだよ!」

「今は商売より会社の信頼だろうが!」


 思わず声を荒らげてしまい、関野課長はビクッと震えた。


「茅野っ……それが上司に対する口の聞き方か? どさくさに紛れて普段の憂さ晴らししてるんじゃないのか?」

「その心配はない」


 一触即発の空気で口を開いたのは社長だった。


「君はもう茅野くんの上司じゃなくなる。処分は追って伝える」


 社長にじろりと睨まれ、関野課長は顔の筋肉をヒクヒクと震わせて棒立ちになっていた。


「茅野くん、済まないが今の君の案で大至急進めてくれないか? 手が空いてる他の人も手伝って欲しい」


 みんなの「はい」という声が重なり響く。

 とりあえず俺は、まだガチガチに身体を強ばらせていた岡嶋の背中をトントンと叩いた。


「すいません、茅野さん。ありがとうございます」

「おいおい。まだ終わったわけじゃない。むしろここからだ。気合い入れるぞ。ピンチはチャンスだ。切り替えて行こう」

「はい!」


 岡嶋の元気が少し戻ったのを見届け、俺は早速懇意にしている食器店に電話をかけた。





 ────────────────────



 ピンチはチャンス。

 私はいつもそう考えてます。

 ミスをしてもそれをどう乗り越えれるかでむしろ事態は好転することもあるからです。


 誰が悪いのかと犯人探しや責任の押し付けあいほど見苦しいものはないものですよね。

 とはいえ社長に今回のトラブル対応を任されてしまった茅野さんは責任重大。

 頑張って切り抜けてもらいたいですね!

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