第39話 爪を切る覚悟と耳かきの蠱惑

 初詣の翌日。

 元旦に目覚めたのは朝と呼ぶには日が昇りすぎた時間だ。


「ふぁああ……寝過ぎたな」


 部屋着に着替えてリビングに行くと玲愛がおせち料理のお重を並べていた。


「あ、起きた? あけましておめでとう、茅野さん」

「玲愛、それ……」


 驚いて言葉に詰まった。

 別におせち料理に驚いたわけではない。

 いや、確かにすごいクオリティだが、普段の玲愛を見ていたら驚愕とまではいかない。

 驚いたのはおせちではなく──


「爪、切ったのか?」

「あ、気付いてくれたんだ?」


 玲愛は少し照れくさそうに手の甲を向けて爪を見せてくる。

 長かった爪が切られており、短く丸く揃えられていた。


「どうしたんだ、それ?」

「切ったんだよ」

「なんで?」

「今年から料理人として働くんだから爪が長かったら邪魔でしょ? どうせ切るなら一年の最初に切っておこうと思って」


 短く揃えられた爪はネイルも施されていない。

 大切にしていた爪を落とす。それくらい玲愛は真剣だということなのだろう。


「えらいな」

「えらくないよー。フツーだし」

「それで化粧もしてないんだな」

「け、化粧は寝起きで時間なかったからしてないだけ! あんますっぴんジロジロ見ないでよね、えっち」


 別にえっちではないだろう。

 相変わらず玲愛の基準がよくわからない。


「メイクはこれからも続けるんだ?」

「んー? 働きだしたらしないよ、さすがに。まー、日常でも少しづつナチュラルな方向にしていくと思うけど」

「そっか」

「せっかく化粧セットくれたのにごめんね?」

「そんなこと気にするなって」

「やっぱあたしがギャルメイクしてなかったら寂しい?」

「どんな格好してようが玲愛は玲愛だよ。見た目の問題じゃない」


 っていうか俺的にギャルっぽくない方が好きだし。

 その一言は心の中だけで付け足しておく。


「どんなあたしでも好きってこと? 新年早々のろけないでよね」

「社会人になったらもっと人の話をちゃんと聞けるようになろうな?」


 今年も玲愛のうざ絡みは健在のようだ。


「そうだ! 茅野さんの爪も切ってあげるよ!」

「どういう流れだよ? っていうか爪はこの前切ったから伸びてない」

「じゃあ耳かきしてあげる」

「じゃあってなんだよ?」


 玲愛は耳かきを片手に床にしゃがむ。


「ほら、早く」


 自らの太ももをペチペチと叩いて促してくる。


「い、いいよ、そんなの」

「いいから。ほら!」

「仕方ないな」


 言い出したら聞かないのが玲愛だ。

 仕方なく俺は頭を玲愛の太ももに乗せる。


「お、けっこう溜まってるかも? じっとしててね」


 玲愛は妙に高いテンションで俺の耳を掃除し始める。

 耳の中でゴワゴワッと音がして怖いような気持ちいいような感じになる。

 よく考えたら人に耳かきをされるなんて何年振りだろう?


「けっこう取れたね」

「よし次は俺がしてやろう」

「えっ!? 無理ムリムリ!」

「順番だ」

「み、耳の穴の中見られるとか恥ずかしいし……それにあたし、耳弱いから」

「うだうだ言わずに、ほら」


 形勢逆転だ。

 正座して膝をパンパンと叩いて促すと、玲愛は恥ずかしそうに頭を俺の太ももに預けてきた。


「い、痛くしないでよ?」

「優しくするから安心しろ」


 耳たぶを持つと玲愛は「きゃはーっ!」と暴れだした。


「ちょっ!? 大人しくして」

「擽ったいんだもん! ぞわぞわーってなるの!」

「ちょっとは我慢しろ」


 大人しくさせてからゆっくりと耳の入り口を耳かきで刺激する。


「んっ……」

「じゃあ入れるぞ? 暴れちゃ駄目だからな?」

「奥の方までしないでね」

「分かってるって」


 玲愛の耳は産毛が多くて中が少し見づらい。

 慎重にゆっくりと優しく掻いていく。


「んぁ……」

「痛かった?」

「んーん。大丈夫。気持ちいいかも……あっ……そこ、きもちいい」

「ここ?」

「うん。ぞわぞわするっ……茅野さん、上手かも」


 耳かきなんて誉められても仕方ないが、でも喜んでもらえるのはやっぱり気分がいい。


「ねえ、あたしの耳の中、どんな感じ?」

「どんな感じって言われても……」

「かわいい?」

「耳の穴にかわいいとかあるのか?」

「あるよ。ねぇ、かわいい?」


 玲愛は妙に潤んだ目で俺を見上げる。

 その姿が妙に色気があり、ドキッとさせられた。


「か、かわいいよ」

「ほんと? 一番かわいい?」

「ああ。玲愛の耳が一番かわいい」


 玲愛は顔を真っ赤にして俺の脚をぎゅっと掴んだ。


「うれしい……」

「あんまり動くな。危ないぞ」


 異常に恥ずかしいので耳かきに専念し直す。

 耳垢は奥の方にあるのだが、そこまで耳かきを入れるのは躊躇われた。


「奥の方は取れないな」

「……いいよ」

「ん?」

「奥まで入れて……」

「いいの?」

「優しくしてね」

「もちろん」


 そろりと挿入して奥にある耳垢を掻く。


「あぁっ……奥でばりぱりっていってる……」

「痛い?」

「大丈夫だよ……奥の方がきもちいいかもっ……んっ……」


 熱い吐息が俺の太ももにかかり、なんだか変な気持ちになりそうだ。


「よし、取れたぞ」

「えっ……」

「どうしたの?」

「もう終わり?」


 玲愛はぽーっとした顔で俺を見上げた。


「そうだけど?」

「もっとして」

「はあ? 取れたからいいだろ」

「ダメ! もっと!」

「もうきれいだよ」

「だってきもちいいんだもん」

「あんまりやり過ぎると耳の中が傷つくから駄目。また今度な」

「えー?」


 玲愛は少しむくれながら身を起こす。

 もの足りなさそうに自分で耳の穴を指でほじる姿はなんかかわいらしい。


「じゃあ明日からすっごく空気の汚いところを散歩しよう! そしたらすぐに耳垢が溜まりそうだし!」

「なにその無茶苦茶なプラン。本末転倒だろ」


 玲愛はスマホで耳垢が溜まる原理を調べ始める。

 本当に見ていて飽きない奴だ。




 ────────────────────



 耳かきって魔性の魅力がありますね!

 する方もされる方も気持ちがいいものです。

 そして玲愛ちゃんの弱点は耳だということも判明しました!

 きっと何かの伏線に違いない!

 みなさん、覚えておきましょう!







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