第24話 恋愛不感症
普段はだらだらとして、時には気の抜けた顔をしている玲愛だが、料理を作っているときだけはいつも真剣な顔をしている。
食材を切るのも繊維の方向などを意識してるし、焼くときも火加減はもちろんフライパンの温度にまで気を配っている。
そうした一つひとつの細かな気配りの積み重ねが料理の味にもしっかりと反映されていた。
「今日はメンチカツか」
「そう。デミグラスソースとトマトソース、それにハーブソルトの三つの味で楽しめるの」
「へぇ、面白いな」
玲愛の作るメンチカツは平たいコロッケ型ではなく、ラグビーボール型で膨らみがある。
可愛らしい見た目だが、平たいものに比べて火の通し方が難しい。
添え野菜はフワッと盛ったキャベツの千切り。
シンプルだが揚げ物にはこれが一番の相性だ。
その隣には素揚げしたアスパラや茄子も添えてある。
やや小さめのメンチカツを三つ並べ、そのうちの一つを切ると肉汁がさらさらーっと溢れ出た。
中はしっかり火が通っている。
それぞれにデミグラスソース、トマトソース、塩をかけ、キャベツの脇にくし切りにしたレモンを置く。
彩り的にも鮮やかで美しい一皿となった。
「ん。いい感じ」
にぱっと笑った玲愛はカメラを構える。
完成した料理の写真を撮り、SNSにアップするためだ。
料理を作っているときの玲愛は活き活きしている。
その姿を見るのは好きだが、あまり誉めると調子に乗るので伝えてはいない。
「まるでレストランのメニューみたいな見た目だな」
「見た目だけじゃなくて味も美味しいんだから」
「それは楽しみだ」
「まー、でも葉月グリルのメンチカツには全然敵わないけどね」
玲愛はかなり自分の就職先の洋食レストランの味をリスペクトしているようだ。
この独特のラグビーボール型も、もしかすると葉月グリルを倣ったものなのかもしれない。
「そうだ。今度一緒に葉月グリルに食べに行こうか?」
「え、いいの!? やった!」
「玲愛の就職先ねら挨拶もしないといけないしな」
「さすがは茅野さん! 大人の彼氏を持つとそういう気配りしてくれるから嬉しいね!」
「彼氏じゃないけどな」
「そこはさらっと流しなよ! ノリ悪いなぁ」
ノリで既成事実みたいにされても困る。
これは何度でも否定するつもりだ。
写真撮りが終えて食事となる。
まずは塩のものから頂いた。
サクッと歯触りがいい衣は分厚すぎず食べやすい。
細かく刻んだ玉ねぎやキャベツの甘味とスパイスを効かせたミンチが口のなかで一つに混じり合う。
そして塩がそれぞれの味を引き立てている。
「美味しい! さすがは玲愛だな」
「ほんと? よかった!」
「正直メンチカツはあまり得意じゃなかったけど、認識が変わった。それくらい美味しいよ」
「えー? 言いすぎじゃない?」
「いや本当だって」
「そっか」
玲愛は幸せそうに微笑んで俺を見てくる。
なんだか変な空気になりそうだったので目を逸らしてデミグラスソースの方を食べてみた。
「おお、これもこれでいいね」
深いブラウンのソースはその見た目と違い、濃い味ではなかった。
肉の旨味を引き出したといった感じだ。
いかにも洋食という味で品がある。
トマトソースのかかったものは、また全然異なる味わいだった。
どっしりとしたメンチカツが急に爽やかなものに感じられた。
「SNSのフォロワーが多いのも頷けるな」
「今日はやけに誉めてくれるじゃん。ツンデレ?」
「料理はいつも誉めてるだろ」
「ほかも誉めていいんだぞー?」
テーブルの下で玲愛が脚を絡めてくる。
俺は無言でその脚を振り払った。
「なによ、けち」
「けちってなんだよ」
「ふん」
相変わらずエロいウザ絡みしてくるところだけは残念な奴だ。
俺が相手にしないと分かってるからふざけてくるのだろう。
もし俺が本気で襲いかかってきたらどうするつもりだ?
ってまあ、俺がそんなことをしないと確信してしている、からからかってくるんだろうけど。
舞衣に浮気されていたことが判明して以来、俺は結婚とか恋愛に関心を失っていた。
もうこのまま一生恋愛とかそういうものに関わらず生きていきたいとさえ思っている。
だから今玲愛に感じているこの感情も一人の女性に向けた思いとかではなく、仲間に対する親愛みたいなものだ。
そんな言い訳を自分にしながら胸の動悸を鎮めていた。
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気持ちが少し頑なになりつつあった茅野さんですが、玲愛ちゃんの猪突猛進なアピールに癒されてきてます。
二人の気持ちがゆっくりと近付き、いつか実る日も来るでしょう。
玲愛ちゃんメモ
SNSでは和洋中問わずに料理をアップしています。
はじめはギャルが作る料理というイロモノ目線で見られていましたが、今は普通に主婦などが夕飯を作る参考などにも観られています。
たまに顔出ししている動画もあるけれどほとんどは料理を作る手元ばかり映ってます。
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