第11話 無表情の部屋

 舞衣は本当に引っ越し業者を使ってうちの荷物を取りに来た。

 舞衣の部屋にあった全てのものとベッド、そしてタンスだ。

 タンスは中身を全て確認し、へそくりなどもないことを確認している。


 俺と玲愛で纏めておいた舞衣の私物が詰まった段ボールも一緒に運び、業者は去っていった。


 荷物を搬出し終わった舞衣の使っていた部屋はカーテンすらなく、がらんとしている。

 他の部屋に生活感があるぶん、この部屋だけやけに異質で寒々しく映った。


 玲愛はまるでバイ菌でも除去するように、その部屋をアルコール消毒していた。


「今日からこの部屋を玲愛の部屋として使っていいよ」

「えっ!? いいの!?」

「空いてても仕方ないしな。嫌じゃなかったら玲愛の好きなように使ってくれ」

「ありがとう!」

「わっ!?」


 玲愛はガバッと抱きついてくる。

 子どもじゃないんだから勘弁してほしい。


「おいおい」

「自分の部屋って欲しかったんだよねー」

「分かったから離れろって」

「いいじゃん、けち」


 無理矢理引き剥がすと不服そうに唇を尖らせていた。

 その姿が可愛らしくて、思わずドキッとして目をそらす。


「それにしてもこのままじゃ暮らすにも殺風景すぎるな。家具を買いにいこう」


 また抱きつかれるかと構えていたが、意外にも玲愛は困った顔をしていた。


「その事なんだけど、お金はあとで返すから。服のお金も」

「は?」

「今はちょっとバイトをやめちゃってるからお金ないけど。高校卒業したら働くし」

「金なんて気にするな」

「そうはいかないよ。勝手に転がり込んできて、これ以上迷惑かけられない」


 いつになく玲愛の表情は真剣だった。

 純粋に迷惑をかけたくないという気持ちもあるだろうが、先日の舞衣のこともあるのかもしれない。


 結婚するときも、新居を構えるときも、舞衣は自分の蓄えを使うことがなかった。

 自分はそんな人間とは違うという、玲愛なりの意思表示のような気がした。


「分かった。じゃあ働いてから徐々に返してもらう」

「ありがとう」

「あと一人暮らしに合うものを買えよ」

「え? なんで?」

「なんでって……働き出したらここを出て一人暮らしを始めるんだろ? そのときに大きいものだとワンルームだったら邪魔になるから」

「はあ? あたし働き出したら追い出されるの!?」

「当たり前だろ!? 買うもののお金を払う気はあるのに家を出ていく気はないのかよ!?」


 普通逆じゃないのだろうか?


「じゃあ働かない!」

「なにそのむちゃくちゃなニート理由! そもそも就職先に何て説明するんだよ!」

「冗談だって。働くのは楽しみなんだから」

「いい心がけだ。ちなみにどこで働くの?」

「昔からお気に入りの小さいけど素敵なレストランがあるの。『葉月グリル』っていうんだけど。そこで働かせてもらう予定」

「葉月グリルか。聞いたことあるな」


 確か古くからある人気の洋食店だ。行ったことはないが、レストラン回りの営業をしている商売柄知っている。


 料理が好きだからそっちの道に進んだろう。

 見た目はガールズバーで働きそうなのに、意外と堅実で真面目な奴だ。


「今なんか失礼なこと考えてなかった?」

「まさか。さ、買い物に行くぞ」



 臨海地区にある家具屋に車でやって来た。

 スウェーデン家具が安く買えることで有名な店だ。


「広いなー。家具屋って言うよりテーマパークみたいだ」

「こっちだよ、茅野さん。この店は一方通行なの」

「詳しいな。来たことあるのか?」

「うん。まー、冷やかしだけどね。あとホットドッグとか安いって有名だし」


 玲愛が指差す方向にフードコートらしきものがあった。

 家具屋なのにフードコートが有名っていうのも変わってる。


 一階からエスカレーターで二階に上がり、一方通行でフロアを回りながら進んでいく。

 いかにも海外資本の店らしいシステムだ。


「うわー、これ可愛い! これも!」


 玲愛は一つひとつ座り心地を確かめるように座っていく。

 行動が完全に子どもだ。


「ソファーは要らないだろ? 自分の部屋に置く家具を選ぶんだぞ?」

「だって椅子が置いてあったらなんか座っちゃうじゃん、普通」

「ならないよ」


 その後もビジネス用のディスクとか子供用の二段ベッドとかいらなさそうな家具をはしゃぎながら見ていた。


「そういうあからさまに必要ないものはいいから、必要なものを見ろって」

「……子ども用の家具は必要になるかもしれないじゃん」

「なに?」

「なんでもない!」


 玲愛はなぜか不機嫌そうに足早になる。

 分かってきたようだけどやっぱりギャルの思考は読めない。


 結局玲愛はベッド、スタンドミラー、収納ケースなど必要最低限なものだけを購入した。


「もっと必要なものあるだろ? 部屋を飾るようなものを買ってもいいし」

「どうしても必要なものだけあればいいの」

「ほら、こんなコルクボードとかいらないのか? 女子はこういうのに写真とか飾ってるだろ?」

「そんなのいらないし」

「遠慮してる?」

「してないってば。あ、そうだ! じゃあホットドッグとソフトクリーム食べたい」

「よし、分かった」


 見た目と違い倹約家なのは育ってきた環境によるものなのかもしれない。

 よく考えれば俺はまだ玲愛のことをそれほど詳しくは知らなかった。



 ────────────────────



 暗澹たるパートも終わり、玲愛ちゃんと茅野さんの新しく楽しい生活の始まりです!


 まだまだ謎が多い玲愛ちゃんの秘密が徐々に明かされていきます。

 今はまだ玲愛を子ども扱いしている茅野ですが、次第に心が動かされていくのでしょうか?


 最後に玲愛ちゃんメモ。

 洋服の趣味は派手ですが、家具はシンプルなものが好きです。

 あれこれ飾るよりは合理的なものを好んで選ぶ傾向があるようです。


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