第33話 第三話 その3 香具師ちゅん助

「安いお!安いお!」


 相変わらずちゅん助は特製御守りを声を枯らして売り込んでいる。


 口では安いお!安いお!とか言ってるがどう見ても高い…たかが、と言っては罰が当たるかもしれないが、あくまで御守りなのに、ちゅん助が設定した価格はこの世界での稼ぎの3日分!という高額なものだった。


 たしかに物珍しさからちゅん助の周りにひっきりなしに人は寄っては来ていたし、御守りを手にする人も少なくは無かったが、その値段を知ると即座に台に戻す人がほとんど…いや全てなのだ。


 例えば日本で3万円もする御守りがあっても購入する人が居るだろうか?


 中には信心深い方も居て購入する人は居るかもしれない。だがちゅん助が売ってるのは火事除けの御守りなのだ。


 100年以上火事も小火ボヤもないこの街で、その行為はまさにエスキモーに氷を売る行為に見えた。


 火事のないこの街でするような商売ではないし、街の外から来る人も一様に、この御守りの価値を見いだす人はおらず客寄れども売り上げはさっぱり…ゼロなのだ。


「ちゅん助、無理だって…」


「まだだ!まだ終わらんよ!」


「価格を下げてみては…」


「信頼と実績のちゅん助ブランドやぞ!値下げはブランド価値が棄損するわい」


「どちらもない件…」


「このデザインの素晴らしさが!愚民どもには分からぬのかお!」


「デザインのせいじゃないだろ!需要をはき違えてるだろ!だから!道具屋の話聞いてたか?」


「たった3日分の稼ぎで3年もの安心が!火の用心が買えるんやぞ!ただみたいなもんやないか!」


「だからそもそも、その火事が起こってないって言ってたろ!」


「ふぁふぁーん(←泣いている音)なぜかお!?なぜ売れないかお!?」


「逆の立場で考えろよ、お前だったら買うか?」


「は!?買うわけねーやろ!こんなぼったくり商品!こんなん買うんやったら美味しいもんでも食っとるわ!」


「何故…売れると錯覚していた…」


 呆れた…自分で価値を認めない商品を、ぼったくり価格で他人に売りつけようとしているのだ。正直その感覚が理解できない…


「はあー困ったお…困ったお…」


 ちゅん助が頭を抱えた…その時だった。


「ひとついくらかね?」


 いかにも位の高い、身なりの良さそうな紳士が御守りを手にしてちゅん助に値段を尋ねた。


「だお!!!ご主人!お目が高い!防衛省の人?」


「ボウエイショウ?何かねそれは?」


「あほ!そんなわけないだろ!」


 歓楽街のお決まりの客寄せ文句だが通じる訳がない。


「お値段は!これくらいまんえんになりますおw」


 ちゅん助が即座に提示する。


(おいちゅん助、値引きも提示した方が良くねーか?)


(だまるお!イズサン!)

(販売奨励金はいずれメーカーの首を絞めるお!)


(どっかの国の自動車ディーラーの話だろそれ)


(カリラス・ドーンに逃げられた間抜けなメーカーのオタは黙っててほしいお!)


(いま関係ある?それ)


 せっかくのチャンス到来だというのに!ちゅん助には値引きする意思はさらさらない様だった。


「ふむ、では一つ頂こうか」


「!」

「!」


 紳士は値段に驚く事も、それどころか疑う事もなく、なんら文句も付けず購入を決定した。いくら金持ちそうとは言え驚きであった。


「ほーら!みろイズサン!わしの商品の価値が認められたお!すごいお!わし天才!」


 台の上でちゅん助は飛び回り、どこから出したのかクラッカーをパンパン鳴らして狂喜していた。


「ご主人!見る目があるお!」

「これで貴方様の家は火の手から3年間守られた!キリッッ!」

 ビシ!


 おかしな決めポーズでちゅん助が見得を切る。


「いやそういうわけではないんだ…この子が…」


 紳士は自らの脚元に抱き着いているおそらく自分の子であろう、小さな娘に目線を落としながら言った。


「この子が君を見ていてね…」

「その…言い難いんだが…」

「連日一生懸命売ってるのに…」

「ひとつでも売れてるのを見た事がない」

「可哀想だからパパ買ってあげて…そのように…」


「…」

「…」


「ズコズコズッコーッ!」


 一瞬の静寂の後


 空中で後方3回転を決めながら盛大にちゅん助がずっこけた…


「ププ…ちゅ、ちゅん助君、は、恥ずかし…ププ」


 俺は笑いをこらえるのに必死だった。


 ブルブルブル


「な、なんという屈辱…このちゅん助」

「このような小娘にまで憐みを受けるとは…」


 怒りと屈辱、恥辱にちゅん助の小さな体が大きく震える。


「ふぁふぁーん!(←泣いている音)」

「お嬢ちゃんは天使なんだお!ありがとうなんだお!」


 屈辱!


とかほざいておきながらちゅん助はプライドの欠片もなく少女に抱き着くと泣きじゃくった。


「おっおっお!わしは売れなくて哀しんいんだお」

「あの悪いご主人さまに言われて!」

「こんな売れるはずのない御守りを無理やり売らされてるんだお!」

「とんでもない数を売らないと飯は抜きだって!」

「毎晩毎晩怒鳴られて!」

「わしはもう死にそうなんだお…」

「もう今日売れなかったら!」

「わしは餓死するところだったんだお!」


 よりにもよってちゅん助の奴は、俺の方を指差して!そうほざきやがった!


「まてい!」

「お前なんちゅう!マッチポンプを!」

「自分で勝手に始めたんだろうが!」

「違います!」

「お客さん違いますよ!」

「俺はこいつの商売とは一切無関係で…」


 紳士の冷たい目線に気付いて慌てて俺は否定するが、なんて奴だ!


「ふぁふぁーん!(←泣いている音)お嬢ちゃんマジ女神!褒美にわしの頭撫でて良いおw」


 ちゅん助はデレーっと締まりのない表情になり少女に抱かれる形で頭を撫でてもらっていた。

 少女が嬉しそうに、そして気持ちよさそうに、この馬鹿を撫でているのが余計ムカつく!


「10年後の美少女よ!お嬢ちゃ~ん10年経ったらお嫁さんにしたるお~」


 お前!そん時は50後半の超おっさんではないか!後で覚えてろよ!


 紳士達がその場を去っていくと


「ふっふっふwイズサン!売れたではないか!」


 自分がさっき行った擦り付けの悪事をすっかり忘れて、悪びれもせず勝ち誇ったかのようにちゅん助が言った。


「売れたではないか!」

「じゃねーよ!人を悪者に!なんちゅう奴だ!」


「そのおかげで二つも買ってもらったおw」


「余計悪いわ!!!お前という奴は恥も外聞もないのか!」


「このちゅん助、勝つためなら逃げも隠れも騙しもする!」


「全く勝ってない件…」


 まったくなんて奴だ、それにしても…


「お前さっき今日売れなかったら餓死どうこう言ってたけど、まさか?」


「……」


「とんでもない額…つぎ込んでないよな?」


「売れたお~♪売れたお~♪」


 売れたお~♪のリズムが不穏で怪し過ぎる…額に冷や汗が噴出して表情がぎこちない…


(こ、コイツ!?)


「てゆ~ん助クーン?」

「怒らないから言ってみて?言ってみて!」


「こ、この勢いで売れれば問題…ないお…」


(駄目だコイツ!早く何とかしないと!)


 ガシッ!


「テメエ!!どれだけ張った!言ってみろ!」


「うぐぐ苦しい…いっぱいだお!」

「いっぱいすぎて数えきれないお!」


 やりやがった!


 恐らく全額だ!


 こんな下らない商品と商売に全ツッパしてやがるのだこのアホは!


「ナ、何という…」


 俺は言葉が出なかった。


 アリセイでの耳かき事業でちゅん助はかなりの大金を得たはずだった。

 その金をアテにしていたつもりはないがちゅん助が稼ぎ、俺が狩る、分業は上手く行ってたはずだ。


 それを相談もなしに、やりやがったのだ。


 特級耳かき師の後継者の二人の少女の売り上げの一部は、ちゅん助の収入になるはずだが、1%だったはず。雀の涙程度だ。


 ここアクリムでいろいろ準備を整えてガリンの街に乗り込む手筈だったが、計画に相当後れが生じるのは間違いない。


「イズサーン!商売には良い時も悪い時もあるんだお?そんな落ち込むんじゃあないおw」


「お前が言うな!」


 ゴチン!


「ぐえあ!」


 第三話 

 その3 香具師ちゅん助

 終わり

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