031 二足の草鞋
「ええと……うん。それはよかった。とても助かるよ」
急に掌を返したマグの勢いに、少し苦笑しながら応じるメタ。
「それで俺達はこれからどうすれば?」
「いやいや、待った待った。落ち着いて」
マグが更に詰め寄るように問いかけると、彼女は一歩後退りしながら返す。
圧が強かったようだ。
「もういい時間だ。今日はここまでにしよう。転移し立てで色々あって、君達も疲れているはずだからね。気が昂って麻痺しているだけで」
言われて端末から時刻を確認してみると、もうすっかり夜の時間帯。
意識し始めると、体の奥から疲労が主張し出す。
「遺跡探索の詳細や注意点については明日、ASHギルドに行って聞くといい。こちらから連絡はしておくから」
「ASHギルド、ですか?」
「探索者のような特別な職種を管理する組合みたいなものさ。ライトファンタジーにはつきもののあれだよ。割と便利で、他の街と連携して設立したんだ」
この街がJRPG的な雰囲気を基に形作られているのと同じように。
かつての創作に登場する仕組みを参考に作り上げられた組織のようだ。
彼女が説明した通りであれば、確かにそちらでも説明を聞くことはできるだろう。
そう判断したマグは逸る気持ちを抑え、この場は引き下がることにした。
「分かりました。後のことは明日にします」
「うん。じゃあ……君達の活躍を期待しているよ」
「はい。では、失礼します」
マグが頭を下げて言うとメタは一つ頷き、背中を向けて机の奥側に戻っていく。
それを合図に出入口の扉が自動で開き、マグ達は回れ右をして屋敷を後にした。
外に出ると空は時間に応じて暗くなっていたが、街灯が闇を取り払っていた。
周りが明るいこともあって夜空を見上げても確認できる星々は少ない。
だが、地上の光に負けない輝きの配置だけ見ても地球の星空とは異なっていた。
ここが異なる星であることを、改めて理解させられる。
これから先、この新天地で何とか生計を立てていかなければならないこともまた。
そのために、ついさっきまでは
「クリルさん。すみません」
「む? 何がだ?」
「面接に時間を割いて下さったのに。こちらの都合で別の仕事を」
「ああ……いや、我は別に二足の草鞋を履いて貰っても構わぬぞ」
「え? えっと、それって大丈夫なんですか?」
「法的には何の問題もない」
マグの問いかけにキッパリと断言したクリルは更に続ける。
「汝に依頼するのは散々放置したままになっていた
「それは助かりますが……」
ライトファンタジーで言えば、いわゆる冒険者のような存在と思われる探索者。
恐らく一発当てればデカいのだろうが、安定性は皆無に違いない。
そんな中で安定した収入を保つことができるのは非常に魅力的だ。
しかも裁量労働制で、仕事の負荷も少なそうと来ている。待遇面も素晴らしい。
だが――。
「本当にいいんですか?」
それだけに。クリル自身が元は取れると言ってくれて尚、自分ばかりが得をしているような気がしたマグは無意識に確認するように問いかけていた。
やはり、体に搾取が染みついてしまっているのだろう。
「構わぬ。我にも十分メリットがある故な」
対して彼女は迷う素振りもなく簡潔に答える。
詳細は分からないが、少なくとも本心からの発言ではあるようだ。
つき合いが浅い間柄では、利益があると率直に言ってくれた方が逆に安心できる。
「であれば……よろしくお願いします」
だから、マグは彼女の提案を受け入れて深く頭を下げた。
対してクリルは「うむ」と頷いてから再び口を開く。
「では、今日のところは我らもここで解散するとしよう。稀人用の当座の宿はこの近くにあったはずだ。まあ、端末があれば迷いはすまい」
「あ、はい。……いや、あの、家まで送ります」
「……あんなことがあって信じられんかもしれんが、この街は治安が非常にいい。それにこんな外見ではあるが、我は成人している。心配は無用だ。ではな」
彼女は少しだけ不機嫌そうに早口で告げると、そのまま歩き出そうとした。
実は幼い外見にコンプレックスがあったのかもしれない。
気を遣ったつもりだったが、そこを突っつく結果になってしまったようだ。
フォローするいとまもない。いや、フォローはむしろ藪蛇か。
「……言い忘れていた」
しかし、クリルは三、四歩進んで立ちどまると、どこか気まずそうに振り返った。
やり取りを頭の中で反芻し、深読みの過剰反応だったと自省したのかもしれない。
とは言え、見た目を念頭に置いた発言だったことはマグも否めない。
今は流してしまった方がよさそうだと黙って言葉の続きを待つ。
「明日ASHギルドに行ったら、すぐ遺跡には向かわず一旦我の店に来い」
「分かりました」
クリルの指示に、マグは余計なことは言わず素直に頷いて応じた。
用件は不明だが、諸々話を詰めなければならないことがあるのは間違いない。
詳細は明日聞けば問題ないだろう。
「うむ。ではな」
そんなマグの反応を確認し、クリルは今度こそ去っていったのだった。
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