第57話 【外伝】海へ

『私、海に出る!』


唐突に羽鐘が言い出した。

お弁当をひっくり返して

自分もひっくり返ったのは如月だった。


『海?海って冬だよ?冷たくて死ぬっつーの!死ぬって言えば死ぐって言う人いるけど、死ぬの上級なの?死ぬ、死ぐ、死むみたいな?はははは』


ひっくり返りながらレースの紐パンツ丸出しで、

足をバタバタしながら笑う如月に対して、


『ちょっと、止めなよ睦月、

なんか空気違うくて申し訳ございません』


パイが空気を察して笑い袋のような如月を起こし、

羽鐘に率直に聞いてみた。


『で?泳ぎたいの?』


『違うわ!!!!』


『てへぺろ!』とおどけるパイに

『かわいくねーし』と突っ込む如月。

『なにさ!』『お!やんのか?』『このこのこの!』


ポカポカポカポカ・・・


『聞けやゴルァアアアアアアアアアアアアアア』


『はいっ』


羽鐘のデスボイスに2人はピリッと敬礼をした。


『OXIDIZEとしてずっとやっていきたい気持ちはあるんだけどね、両親がバンドやってたから。でもね、パパは実は元海兵だったんす、ある日海難事故に向かったんだけど、事故に会った家族を救えなかったって、俺は誰も救えやしないんだって思い込んじゃってそのまま退職したんす・・・』


おもむろに話し始めた羽鐘に2人は聞き入った。


『それでパパは家族大好きだったんだね』


『うん、最後は私をちゃんと救ってくれたっす、ママもきっと寂しくなかったと。』


『そっか・・・それで?』


『うん、海兵はパパの夢だったっすよ』


『でもバンドマン楽しそうだったけど?』


『うん、救えないなら笑顔にしたいって・・・それでね・・・でも本当は海兵になりたくて頑張ってたっすよ・・・思い出すっすよ・・・私を助けた時の一瞬の顔・・・また救えなかったって顔に見えたっす・・・。』


『いあ、だから?』


『海軍になりたい』


『えーーーーーーーーーーーーーー!!!!』


『オキシダイズはどうするの?解散?』


しばらく羽鐘が沈黙した。

思っているのと違う答えを願う2人も沈黙する。


『辞める!けど辞めない!』


『え?なにそれ』


『私、海軍で上を目指す!でもライヴはしたい!どっちもやりたい!わがままっすか!?夢2つ持ったらダメっすか!?』


『わかった・・・・』


『え?睦月、そんな簡単に・・・』


『羽鐘の夢を止めるのは簡単だ、ぶっ飛ばせばいい・・・でも、それよりなにより、応援するのが仲間だって思う!』


『如月さん・・・わたし・・・』


『だがしかーーーーーーーーし!!!!』


ボゴォオオオオオオオオオオオオオン!!!!


如月が思いっきり羽鐘に鉄山靠をぶちかます!

軽く5mほど吹き飛ばされゴロゴロと転がった。


『なにするんすかぁ!おえぇえええええ』

遅れて襲って来た衝撃が羽鐘に嗚咽させる。


『睦月ぶっとばしてるしー!!!!』


『うるせぇ!!!!!!!!!!!!!!どっちもなんて言ってんじゃねぇよ!抜けるなら将校になるまで海軍突っ走れ!!!!海軍の偉いヤツぶっ飛ばしてのし上がれ!!!それが抜けたもんの意地だろうが!そっち目指すならそっちで絶壁とるのが筋じゃろーが!』


『テッペンだよ睦月』


『そんな・・・帰ってきちゃだめっすか・・・もう歌えないっすか・・・・』


『うるせぇバーカ!甘えんなバーカ!知らねぇよバーカ!バーカバーカバーカ!ペッペッペッ!』


『汚いなぁ・・・』


如月は相変わらずの真っ白な長い髪を翻し、

ネオ・ゴーゴンスタジアムの応接室を後にした。

折角音楽活動も休みで、

それぞれが集まれる日だったと言うのに・・・


『あの・・・がんばってね羽鐘ちゃん・・・』


そう言うと、パイロンは静かに扉を閉めて出て行った。


思っていた答えと違ったのは羽鐘の方だった。

悔しいのと悲しいのと寂しいのとが入り乱れ、

涙も流れなかった。


それから数ヵ月が過ぎた・・・・

事情を汲んでくれた事務所は羽鐘の脱退を受け入れ、

オキシダイズは活動休止となっていた。


この間、3人が連絡を取り合う事は無かった。


必死の勉強の末、羽鐘は見事に海軍入隊が決まった。

途中入隊ではあるが、国を救った英雄と言うのもあり、

若干特別待遇ではあるが、ネオ・ゼウスシティに

巡視艇を出すので、乗り込むことになったのだった。


1月の寒い日、しかも猛吹雪、

お見送りはマネージャーの神楽1人。

いや、元マネージャー…である。


羽鐘は神楽に吹雪に負けない大声で

『ありがとうございました!』と言うと

膝にオデコが付く程深々と頭を下げた。


『羽鐘、がんばるんだよ』


『はい・・・あの2人をよろしくお願いします』


『馬鹿だね、自分の心配しな、海軍も相当厳しいんだから、あ、色気の出し方?それはメールして』


『聞いてないし!では、行ってきます』


羽鐘が巡視艇に乗り込むと、ゆっくりと動き出した。


『最後まで…来てくれなかったな…あの2人』


港を出るとき、防波堤に人影があった・・・

如月とパイだった・・・


羽鐘が気が付いた

『如月さん!パイさん!』


猛吹雪の中、羽鐘の為に歌っているのがわかった。


Fly me to the moon

Let me play among the stars

Let me see what spring is like

On a-Jupiter and Mars

In other words, hold my hand

In other words, baby, kiss me


Fill my heart with song

And let me sing for ever more

You are all I long for

All I worship and adore

In other words, please be true

In other words, I love you


Fill my heart with song

Let me sing for ever more

You are all I long for

All I worship and adore

In other words, please be true

In other words, in other words

I love you


I love you


I love you


I love you


『羽鐘!ハッピーバースデー!!!!!』


二人の叫び声に羽鐘の目から一気に涙が溢れ出た。

まるで目に蛇口が付いているかのようにジャバジャバと

音が聞こえる程止めどもなく涙がでた。

今日は1月24日、羽鐘の誕生日だったのだ。


『ありがとう!!!!!ありがとう!!!!!明日の誕生日祝えなくてごめんね!如月さん!!私・・・行ってきます!!!!!!それから!!!!!私のパートが無いとその曲はコッコ悪いから!!!絶対また一緒に!!!!!』


返事は聞こえなかったが、

羽鐘には聞こえた気がした。


『うるせぇバーカ』


そう・・・聞こえた気がした。


『君たちがゼウスを救った英雄…ですね…お目に描かれて光栄です。』

振り返ると見上げる程大きな男が

敬礼をして立っており、微笑んでいた。


『あの・・・』

言葉を選んでいる羽鐘に対し、

その男はスッと敬礼するその手を下ろし、

『ようこそ海軍へ、今日から君の武術指導担当となり、上官となるシンゴ・K・コヤスです、どうぞよろしく』と言うと、羽鐘の手を取り強制的に握手をした。


『あ、はい!よろしくお願いいたします!』


『ほら、まだ手を振っていますよ』


『如月さーん!パイさーん!』


『羽鐘ーーーー!!!』


『羽鐘ちゃーん!!!!!』


互いが見えなくなるまで手を振る3人、

その姿を見つめ、成長とこれからの可能性を

静かに感じる神楽だった。


『何年後かな・・・再結成・・・ふふふ』

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