第30話 突入

『ここにも誰も居ないか・・・』


1階の事務室から出てきた如月は、

中にイザナミの仲間が居ないか確認していたのだった。


部屋を出て如月は二度見してから三度見目に両目をひん剥いて口角を下げて口を半分開いた、まるでアンコウのように。


先ほどまで居なかったゾンキーが通路を埋め尽くしていたからだ。

流石の如月もこの短時間での状況の変化には、アンコウだけにギョ!とした。居るはずがないと思っていた時に出会うゾンキーの存在感は凄まじいのだ、通常の神経の持ち主なら失神するだろう。

目玉が飛び出した者、腕がちぎれてプラプラした者、内臓が飛び出た者、そんな、日常ではまず見る事のない変わり果てた人間が目の前に居て、蠢いているのだから。


しかしそれはあくまでも『通常の神経の持ち主』の話。

如月はどうだろうか・・・。


『あ、そうだ!禁手使ってみようかな』


如月は恐れるどころか、人間に使ってはいけないと言われる、

【禁手】をゾンキーで試そうとしていた。

如月の言う禁手とは、膝を前から蹴る事。

一体のゾンキーの胸にトン!と左手を当てて、

腰を捻じって相手の左膝に対して斜め上から自分の右足を落とした。

曲がってはいけない方向にゾンキーの左膝から下部分が跳ねる様に折れた。


『わっは!すっげぇ!!!』


囲まれないように、ゾンキーの膝を折りつつ如月は移動した。


『生きた人間にはできないから、いい経験だわ。

あれ・・・でもどっから入ってきたんだろうこのゾンキー・・・

外?いあ、ドアノブを捻じって開けるなんて行為はできないはず。


じゃぁ・・・どこから?


あは!なんか風邪薬のCMみたい今の。』


そう、ブツブツ言いながら次々とゾンキーを倒して行った。


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パイロンは腰に装着していたバールを手にして、

周囲の様子を伺いながら移動をしていた。

気持ちは一階を目指しているのだが、ゾンキーの量が多く

思うように移動できないでいた。


『戦う勇気はもうついているけれど、この狭い通路で

囲まれるのは危険で申し訳ございません。』


如月とは正反対で、こちらは願わくば戦わない。

それは悪い意味ではなく、体力温存や、無駄に動いて致命的なミス、

致命的な傷を受けるのを避けるため。

いわば2人は野生と知性と言ったところだ。

パイロンは冷静沈着に・・・じゃないと如月の友達は務まらないらしい。


映画マッドマックス2で言えば、ウェズ・ジョーンズが如月で、

それを鎖でつなぐヒューマン・ガスがパイロンなのだ。


『下へ・・・下へ行かなければ・・・』


そこかしこにゾンキーが溢れだし、移動は極めて難しかった。

とりあえず警備室に戻り、MAPを確認する。

『あ!そうか!』

パイロンは通気口を使い、一階への階段のすぐそばへ移動することにした。

ふと目についたジッポライターとオイルを手にし、

『何かとライターは役に立ってきたし・・・』

と呟くと、警備室のトイレの通気口から燃えカスをどかし、

中へと身をねじ込むのだった。


ポケットにはちゃんとドライバーも入れていた。

なかなか注意力とのある所を見せるパイロン。

ゲーム・バイオ・DE・ハザードならきっと『通れないからどうしよう、あ!ドライバー!あったな!』と言って、入口まで戻ってこなくてはならないところである。


『あんもう!お尻キツくて申し訳ございません・・』


少し太った事をこんな事で思い知らされるとは思っても居なかったパイロンなのでした。


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一方イザナミもゾンキーを放ったは良いが、

特に誘導したわけでもない。

その結果、自分も狙われ、追われる事になっていた。


パス! パス! パス!


自分で外へ出したくせに、自分で排除する。

そんな無意味で無駄な行動を繰り返しながら移動。

部屋に入るのを見られると、そこにゾンキーが集まる。

集まると、如月やパイロンに【誰かいる】と悟られる。

それを警戒し、なんとか通路を利用しながら移動するが、

かなりの量のゾンキー、詰められると危険だった。


使いたくはないが、どうしようもない状況の打破のためには、

ネイルガンを使うしかなかった。

もっと単純に言うと、ネイルガンしか持っていないのだ。


パス! パス!


パス! パス! パス!


カシン!カシン!


『うそ!ここで?』


ネイルガンの釘が切れた。

囲まれた状況の中で訪れた最悪の状況。

悪い事は出来ないものである。


『はぁ・・・はぁ・・・・

くそっ・・・ここまでか・・・』


『走って!』


『は?』


『抜けられるから!走って!早くっ!』


イザナミは如月の立つ場所へ約10m、ゾンキーが

のばしてくる手をかわしながら走り抜けた。

『ゴー!ゴー!ゴー!オーライオーライオーライ!』


走り抜けて深呼吸するイザナミ。

『ドーン・オブ・ザ・デッドのヘリボーイが勇気を出してピーターの元へ走り抜けてくるシーンみたいだった』笑顔でイザナミに声をかける如月。


その笑顔に警戒心を緩め、素直に

『ありがとう・・・』

と言うと、思いっきり如月のビンタが飛んできた。

パァアアアアアアアアアアアアン!!!!


『痛っ!!!!!!!!!!!!』


『ありがとうじゃねぇよ、ありがとぅ~じゃねぇよ。』


『そんなにシャクレてませんけど!』


パァアアアアアアアアアアアアン!!!!


『うっせーわボケェ!てめぇパイロンどないしてん!

ああ?金髪をこう・・・ガーっと縛ったポニーテールの、

あの子どないしてん!あぁ?はよ言えや!

言うよね?言うでしょうよ!言わんかいボンクラァアア!』


『し・・・心配ないと思う・・・』


パァアアアアアアアアアアアアン!!!!


『痛っ!!!!』


『リュック!はよリュックよこさんかいや!よこさんかわいやいや!』


もはや関西弁も通り越した如月。


イザナミはゆっくり左肩の紐を外し、右肩を抜き・・・・

如月の受け取る隙をついて顔面に投げつけた!

『わぶっ!!!!』

そして直ぐに引き寄せて、ダッシュで逃げる!

『くそがっ!待たんかいクソガキがぁ!』


見た目の白髪メルヘンチックイメージはもう如月にはない、

むしろ白髪鬼と化していた。

ゾンキーをかわしながら逃げるイザナミ。

素手でボコスカとゾンキーをぶっ飛ばしながら追ってくる如月。

この状況だと明らかにゾンキーより怖い、ゾンキーを喰らう鬼。


ゾンキーの群れを抜けようとした時、反対側から回り込んできた

パイロンが前に立ち、警備室で手に入れたジッポライターの

オイルを床に撒き散らす!

急には止まれずオイルで滑って転倒したイザナミ。

ジッポライターに火を付け、パイロンは

『それはオイルよ、いい加減にしないと火をつけます。

だからおとなしくしてほしくて申し訳ございません。』

とイザナミに告げた。


イザナミは手を差し伸べた・・・

パイロンがその手を掴もうとした瞬間、

イザナミがライターを持つパイロンの手を蹴り上げた。

パイロンの手から離れたジッポライターが、イザナミの股間に落ちた。

一瞬でイザナミの股間が炎に包まれる。

オイルを吸ったつなぎは凄いスピードで炎を走らせた。

慌てたイザナミは立ち上がってパイロンを突き飛ばして走り出した。


『パイロン、大丈夫かい?』


燃える床を足で踏んでバタバタと炎を消しながら如月が来た。

『うん、あのコ・・・大丈夫かな・・・』


『あれだけ燃えたら火が消えても大やけどじゃないかな・・・

リュックはあいつにやろう』


『なんか悪い事しちゃった・・・申し訳ございません』


『そんなことないよ、それよりこのゾンキーフェス、

なんとかしなきゃ!やるよ!』


『はい!』


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『はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・

もう・・・・無理・・・・痛いよぅ・・・・』


イザナミは股間を中心にに大やけどを負い、

火は消えたものの下半身はズボンと焼けた肉がくっついてしまい、

肉体的にも精神的にもボロボロだった。

焼肉とは明らかに違う、焼けた臭いが自分でもわかった。

スタジアムに出て、1つある出入り口から出るつもりだった。

ウロウロしているゾンキーをなんとかかわしながら。


かわすと言っても俊敏にかわすことも出来ず、

なんとか押しのけて、足を引きずって歩くのがやっとだ。

このまま外に出ても生き抜けるとは思っていない。

しかし、大量のゾンキーを放ってしまったゆえ、

ここにいたら食い殺されると言う恐怖がイザナミを歩かせた。


『こ・・・・ここから出なきゃ・・・・

逃げなきゃ・・・・・』


脚の筋肉が焼けて縮まったからだろうか、

思うように関節が曲がらず、棒のようになっていた。


やっとの思いでドアに手をかけ、開けた。


『そのリュック!!!!!』


『え?????』


羽鐘に声をかけられたイザナミ。


『なんじゃ羽鐘、知り合いか?』


虎徹の問いに羽鐘は

『ううん、知らない人。

でもそのリュックについてるキーホルダー・・・

そのリュック、パイロンさんのっすよね?』


下半身からシュウシュウと煙を出し、

もう既に倒れそうなイザナミ。

『はぁ?し・・・知らないし・・・・』


『中に居るの?パイロンさんが居るの?

それとも2人?白髪の女の子居たっすか?』


『どいてよ・・・知らない、何もしらない・・・』


『待って、リュックの中を見せるっす』


『はぁ?なん・・・でよ・・・』


『虎徹!押さえて!』


虎徹がイザナミを抑え込み、羽鐘がリュックをこじ開けて

中に手を突っ込み、何かの布を掴んで引っ張り出した。

ハンカチだった、そこにはPAI-RONと名前が書かれていたのだった。

『ねぇ!なにこれ!なんすか!?出会ったんすか?

奪ったんすか?どうしたんすか?』


『羽鐘・・・もう死んどるよ・・・』


そう言うと虎徹は静かに手を離し、イザナミを歩道に寝かせた。


『行こう!虎徹!中に居るかもしれない!』


イザナミからリュックを剥ぎ取り、虎徹がそれを背負った。

『中は狭い空間だ、心して挑め!良いか羽鐘!

怒りと焦りで突っ込むな、ワシでも狭い空間では守り切れん。』


『わかってるっすよ虎徹・・・冷静よ・・・

私はとても冷静っす』


『よし!ならば行こう!』


『待って・・・起き上がるかもしれないから・・・・』


そう言うと、静かにイザナミに近づき頭を潰した。

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