第8話 私は頭首

「それで、どうするのだ。」

 朱李が静かな声で沈黙を破った。


 落ち着いた表情で隣の孫を見つめる。この子がこの事態に何をするのか考える。同時に元・頭首としての自分の役目を考える。


「今の段階では里の結界を強化して、見張りを増やして警護に力をしています。」

 亜稀が静かな声で答えた。

「それだけか?}

 游が静かに問いかける。


「いや。一葉いちよう二葉ふたば三雲みくもを外に出して私の不在時に対応できるように待機させてるよ。今のところ3人だが、状況によっては全員出すよ。」

 朱伎はしっかりとした口調で言った。


 現時点で自分の分身を3人外に出している。不在時に何が起こっても対応できるように手を打っている。

 彼らは物理的に朱伎と離れていても意志の疎通ができるので、その場に居なくても朱伎は状況を把握し指示を出すことができる。

 何より彼らは朱伎の力そのものであり、里を護るための力として生まれている。里を護るためにこれほど適した者はいないだろう。


「ご頭首。何を考えておられる。」

 一茉は静かに微笑んだ。


 まっすぐに朱伎を見つめる。とても優しい瞳だが、その瞳はすべてを見透かしているようだった。頭首が何をしようとしているのか分かっているようだ。


「一茉…。相変わらず何でもお見通しだな。お前には敵わないよ。私は彼を開放する。」

 朱伎はしっかりとした口調で言った。


 静かな瞳でまっすぐに一茉を見つめる。彼に隠し事をすることはできないと子供の頃から思っていた。心を読めるのではないかと子供の頃は思っていた。いつでも心を見透かされたような気になり白状してしまう。


「彼とは?」

 辰が静かに問いかける。


「彼もまた影から多くを護るために生きる者だよ。そろそろ暗闇から解放されてもいい頃合いだろう。」

 朱伎はにっこり微笑んだ。


 彼を暗闇から解放する時が来たことを確信していた。彼も自分と同じように護るために生まれ、護るために生きているのだ。


「冗談でしょう。」

「何を考えておられる。」

 文に続いて伊那が言った。


 2人はとても驚いた表情でいる。頭首が何を考え、そんなことを言うのか分からなかった。


「冗談ではないぞ。神獣の力を借りなければ、この事態はさらに深刻になるだろう。多くの犠牲が出ることは長老であるお前たちならよく分かるだろう。」

 朱伎は静かな声で言った。


 まっすぐな瞳で長老たちに問いかける。彼らには分かっているはずだ。影が動き始めた以上、この事態を収めるためには彼の力が必要なことは明らかだ。


「その力を利用するか。」

 朱李が静かな声で言った。


 まっすぐに愛しい孫を見つめる。朱伎の考えることが手に取るように分かるし理解できる。同じ血が流れていることを実感する。恐らく、自分が現役であったならば、頭首として同じ決断をするだろう。



「それは危険すぎるのでは?」

 文が静かに尋ねる。


「神獣…。その力が暴走でもしたらどうするおつもりか。貴方は何を考えておられる。その力が暴走したら冗談では済まされませんぞ。頭首としての自覚はおありか。」

 伊那が強い口調で言った。


 その老人の瞳には強い怒りが見えた。そんなことが許されるはずがないと思っているのが分かる。そして、朱伎に対しての不信感を感じる。


「…。相変わらず頭が固いな。」

 朱伎はボソッと言った。


「なんですと?」

 伊那は聞き逃さなかった。


「私は誰だ?」

 朱伎は静かに問いかける。


 まっすぐに前を見つめる瞳はとても強かった。誰よりも強くまっすぐな瞳は誰もが引き込まれる。


「森羅の里・七代目頭首・朱伎様です。」

 亜稀がしっかりとして口調で言った。


 この場で亜稀は朱伎の立場をはっきりと口にした。この女性が頭首だという事を全員にはっきり伝える。

 亜稀は朱伎が頭首だから仕えているのではなく、他の誰でもない朱伎という一人の人間に仕えている。自分の人生を懸ける価値のある人物だと信じている。これからも命ある限り彼女に仕え、里を護るために人生を捧げる。


「そうだ。私は森羅の里・七代目頭首だ。そして彼は私の家族でもある。彼の中に流れるのと同じ血が私にも流れていることは確かだ。そうだろう?」

 朱伎は静かな声で言った。


 自分がこの里の頭首であることを自分自身に確認する。里を頭首として生まれた。

 自分の中に流れる血が頭首である事の証だ。同じ血が彼の中に流れることも事実だ。


「それとは問題が違うのでは?}

 蘭が静かに尋ねた。


「いや。違わないだろう。私にも彼と同じ血が流れているなら、彼の力の暴走があり得るのなら、私の力とて暴走することはあり得るだろう。」

 朱伎はにっこり微笑んだ。



 揚げ足を採るかのような発言だと誰もが思った。頭首である己の力が暴走するなど人前で言っていいはずがない。だが正論であることは確かだ。


「確かにのぅ。」

 朱李はにっこり微笑んだ。


 このメンバーの中で誰よりも朱伎のことを理解できる人物であることは確かだ。


「そんなことにはならないだろう。」

 大河は呆れたように静かにため息をついた。


 今のこの子にこれ以上何を言っても無駄だと気付いた。この子を止めることは誰にもできない。この子は一度決めたことは周りの意見に左右されることなく最後までやり通す。


「可能性の話だ。私の力が暴走するとは言っていない。ただ私にも同じ血が流れているという事実を言っている。」

 朱伎はしっかりとした口調で言った。


 否定とも肯定とも取れるような言い回しだ。自分が暴走するのではなく、自分の中の血が暴走する可能性を言っている。








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