第6話 器

「だよな。一葉いちよう双葉ふたばを連れていけ。」

 朱伎は笑った。


 森羅の里の頭首は、誰も持つことのない特別な力を代々、受け継いでいる。その力はあまりに大きく強力であるために人間一人の身体を器とするには小さすぎる。

 そのため頭首は、いくつかの器に力を分散することで均衡を保っている。

 器は力のり所であり頭首の分身でもある。器は頭首の生まれ持つ力や種類により様々な姿形に具現化される。人間動物の姿形を取ることが多い。

 そして器の1つ1つに魂が宿り意志を持つ。力の気性というか性格のようなものだ。


 器は普段は、頭首の精神の中に眠っている。頭首の大きな力を抑え力を溜めている感じだ。

 頭首は必要に応じて分身である器を自身の外に出す。

 朱伎は九の器にその力を分散させている。その数は歴代頭首の中でも最多だ。

 一葉と双葉は器の中でも落ち着いて従順な性格だ。

 そして器は朱伎自身なので物理的に離れていても状況を把握することができる。


「わかりました。」

 崋山は静かに頷いた。


「須磨。テン。2人を危険な目に遭わせて申し訳なかった。これより先は森羅の里・四聖人の長。この崋山が責任を持ち2人を無事に順国まで送り届ける。」

 朱伎は落ち着いた口調で2人に言った。


 その表情は真剣だった。自分の管理下で起こったことに責任を感じていた。

 この先は2人の帰還のために最大限の方法を取る。この段階で崋山と器の2人を就けること以上の人選はない。


「ご頭首。あなたが責任を感じる必要はありません。」

 須磨は静かに微笑んだ。


「お前たちが私の管理下で襲われたことは確かだ。その責任は私にある。」

 朱伎に言い訳をするつもりはなかった。

 自分の管理下である以上、すべては自分の責任だ。


「ご頭首。貴方は我が国と王の恩人。我が国は貴方に大きな借りがある。先の戦いにおいて貴方がどんな人物かは知っています。こんなことくらいで貴方を疑うことも裏切ることもありません。」

 須磨はまっすぐに朱伎を見つめた。


 朱伎という人間を知っていれば彼女が仕掛けたことだとは考えもしない。


「あんたが俺らを襲うことはないだろ?俺らが狙われたとしたら俺らの責任だ。でも今回はそういう感じでもないだろ?」

 テンが言った。


 口は少し悪いが本心で朱伎が自分たちを襲うはずがないと信じている。

 そして今回のことは次元が違う何かが起きていると確信していた。


「誰が狙われたかではない。お前たちが私の管理下で襲われたことは確かだ。その責任は私にある。でも、ありがとう。」

 朱伎は静かに微笑んだ。


 誰が狙われたかは朱伎にとって重要ではなかった。自分の管理下で起こったこと自体が問題だった。


「貴方は来てくださった。何をおいても先陣を切って頭首が自ら我らのために来てくださった。命の恩人です。」

 須磨はにっこり微笑んだ。


 それが朱伎を信じる根拠。他の人間ではなく頭首が自らやって来た。それだけで充分だ。


「それは違う。命の恩人は私ではなく夏輝と平良だ。私が来るまで命を懸けたのは彼らだ。2人が耐えたから皆、生きているだろう?」

 朱伎は落ち着いた口調で言った。


 命を懸けて護ったのは自分ではなく彼らだ。この場の皆が生きているのは夏輝と平良の功績だ。


「そうですね。夏輝殿。ありがとうございます。」

 須磨は納得して夏輝に向かって頭を下げた。

 夏輝は何も答えず静かに首を横に振った。


 そして須磨が隣のテンに目を向けるとテンは静かに頷いた。須磨が何を言いたいのか気づいた。


「こうなったのも何かの縁でしょう。私たちに何かできることはありませんか?」

「力になれるぜ?」

 2人の心は決まっているかのようだった。


「残るのか?」

 棗は尋ねながらも何となくわかる気がした。


「我らは不器用な武人です。我らに大きな借りを返す機会を下さい。」

 須磨はにっこり微笑んだ。


 森羅の里と朱伎には故郷を救ってもらった大きな借りがある。返しきれない恩がある。その借りを恩を返すことができるなら本望だ。











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