第3話 夢

「ん…。」

 朱伎しゅきは静かに瞳を開けた。

 あまりにもリアルだったので夢なのか現実なのか一瞬、判断できなかった。

 カレの感情や想い、経験のすべてが自身の中にそのまま入り込んでくるような感覚があったが、すぐに現実に引き戻された。


「おはようございます。珍しく気配にも気付かずに眠っていましたね。深い眠りにつくほど夢に入り込んだんですか?」

 亜稀あきは読んでいた資料から目を離して微笑んだ。

 部屋に入ったときに朱伎がソファで眠りに落ちていることに気付いて起こさないように対面のソファに座り資料を読んでいた。

 朱伎が人の気配に気付かず眠り続けることは珍しい。その立場上からか人の気配に敏感で普段なら人の気配があると眠ることはない。眠っていてもすぐ起きる。

 だから亜稀は起こさず、なかなか拝めない寝顔を見ることにした。


 朱伎は森羅しんらの里・七代目頭首。

 漆黒の髪を1つに束ね、金色に朱色を混ぜたような不思議だが美しい瞳の色。魅力的で惹き付けられる瞳だ。

 少し日に焼けた肌の色の活発そうで端正な顔立ちの女性だ。大柄ではないが程よく筋肉のついた鍛えられた身体。いざ戦いとなれば男の中に入っても遜色なく戦うことができる。

 女性であることを誰もが忘れてしまうほど強い。腕力では男に敵わないが頭首として男の中に入り稽古を積んできたため、様々な状況において臨機応変に対応することで男に負けない強さを手に入れた。持ち前の賢さで腕力をカバーしてきた。

 何より頭首として誰にも負けることは許されなかった。

 そして法術においての力は群を抜いていた。法術では男も女も関係ない。生まれ持つ力がすべてを左右する。朱伎の力は歴代頭首の中でも秀でていた。彼女は誰も持つことのない特別な力を持って生まれた。


 亜稀は頭首の右腕として里を仕切る。

 茶色の髪と瞳の女性。朱伎より一回り年上だが同じくらいに見える。穏やかそうな表情の下に強い意志が見える。

 彼女は朱伎の世話役であり育ての親に近い存在だ。朱伎が生まれた時から傍にいる。できる限りの愛情を注ぎ、多くのことを教え育ててきた。

 何時いついかなる時も朱伎を優先させる。どんなことからもまもると心に誓っていた。


「ああ。夢なのか現実なのか分からなくなるくらい本当にリアルだった。」

 朱伎は静かに微笑んだ。

 ゆっくり身体を起こし大きく伸びをした。深く深呼吸して現実にいることを実感した。

 夢の内容を頭の中で反芻はんすうしていた。何か意味があることを確信していた。

「あら。それは良い夢でしたか?」

 亜稀はにっこり微笑んだ。

 どんな夢なのか興味を持った。

「どうかな。夢のまま終わらないかもしれない。近いうちに現実の世界でカレと逢うことになるだろうな。」

 朱伎は穏やかな口調で言った。

 カレが存在していることは知っている。

 そして近いうちにカレに逢えると確信していた。何のために夢を見たのか朱伎が知るのはもう少し先のことだった。

「カレ…ですか。」

 亜稀は言葉の意味を考えるように呟いた。

「いつか、カレを解放する時が来ると思っていたが、その日は近いかもしれないな。」

 朱伎はにっこり微笑んだ。

 やっと逢える。朱伎はカレに逢える日を心待ちにしていた。







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