第245話 収束、そして

     ◆


 天帝府の内壁は完璧に封鎖されて、その間にも外壁の外も含めた天帝府全域は徹底的な捜索の対象となった。

 俺は人伝に聞いたが、ファルスト公爵、オルシッタ公爵は捕縛され、今は天帝府にある監獄に入れられているという。他にもいくつも貴族家の中枢が牢獄の中へと入れられた。

 反乱を起こした兵士は全部で二〇〇〇を超え、そのうち、戦闘で死んだものは七〇〇ほどに達し、怪我人はさらに四〇〇ほど出ている。

 一方、反乱部隊に抵抗した禁軍、天帝府守備軍などからも死者が三〇〇人出ている。その数を見れば、剣聖の弟子がいかに危険なところへ踏み込み、奮戦し、倒れていったかがわかる。

 戦死者の葬儀はまだ日取りが決まらず、しかし遺体をそのままにできないので、反乱軍の死体は反乱軍の死体、守備軍の死体は守備軍の死体として、分けて火葬された。その前に反乱軍の兵士は徹底的に身元を検められている。

 剣聖の弟子の遺体は、剣聖府で見送られた。その時は全員が一堂に会したが、あまりの数の少なさに、俺はやや愕然とした。

 俺が切り捨てた兵士も、反乱に加わったとはいえ、親がいて、家族がいて、子がいて、友人がいて、恋人がいて、普通の人間として生きていたはずだった。

 国に反旗を翻したことは、どうして罪となるのか。それは見当違いかもしれないが、避けては通れない問いかけだと俺は思っていた。

 国が国を守る仕組みを整えている。

 では、国が間違っているとなったら、誰がその国を正すのか。

 国が正義と悪とに人々を自由に仕分けできるようになったら、どうなるのか。

「ハンヴァード公爵だ」

 誰かがそう言ったので、俺は剣聖府での葬儀のための席の一つで、俯かせていた顔を上げた。

 広間に入ってきたのは赤い衣を着た男性で、それは円卓評議会議員の証だった。

 年齢は三十代に見える。公爵家の一つであり、いずれは円卓評議会議長にもなるだろうとされている人物だった。

 燃えるような赤い髪をしていて、その果断な人柄から、赤烈公と呼ばれていた。

 ハンヴァード公爵は悠然と言ってもいい足取りで、壇上に進み、献花すると、すぐに剣聖の方へ足を進めていった。

 剣聖は立ち上がり、何か挨拶の後、しばらく二人で話していた。

 天帝府にあるこの国の権力中枢は、打撃を受けたはずだが、ほとんど全てがあっという間に収束しているのが、俺の感覚だった。

 その収束を図ったのが、ハンヴァード公爵であり、建国の英雄の血筋である、無姓の公爵だった。

 ハンヴァード公爵が民政に関する全てを統括し、これに審理司のエデルニーア公爵家が加わることで、迅速に反乱の実行者たちが確保され、裁かれていった。

 軍の動揺を鎮めたのは、武門の筆頭とされる無姓の公爵で、これは俺も聞いたことのない事態だった。

 無姓の公爵は、帝に絶対の忠誠を誓い、ほとんど唯一、小規模だが私兵の組織を許されていた。この私兵は決して公爵自身を守るものではなく、帝を守るものである。

 禁軍とも衛兵ともまるで違う、影の部隊である。

 今回の一件でも、その私兵集団は天帝宮に突入し反乱軍とぶつかっていた。

 無姓の公爵は軍の最高位である軍務司の職を受けているが、実際はほとんどの仕事を兵馬司という役目のものに任せている。

 無姓の公爵は特別な存在で、武門でありながら、武力を可能な限り持たない、という選択をした、ある種の不可侵な存在である。無論、公爵家の方から軍へ接触することもない。

 そのはずが今は、無姓の公爵は軍をまとめるために動いている。

 それだけ今回の反乱は、重大だったのだ。

 国が砕けるような衝撃だったのだと考えざるを得ない。

 やがてハンヴァード公爵と剣聖はうなずき合い、別れた。

 それから一週間もしないうちに、反乱に加わった貴族家の主だったものが処刑された。

 あまりにも数が多く、処刑は非公開だったが、終わるまで十日を要したとされる。

 俺は現場を見ることはなかった。権利もなかったし、見たくもなかった。

 トランヴィンスキ侯爵家のものも多くが処刑されたようだ。

 この大規模な処刑に関しては、謎が多く、全部を知っているものは限られている。むしろ誰も知らない、と市井では言われるようになった。

 噂の中には、書類はあることにはあるが、あまりにも量が多く、通読などとてもできない、というものもあった。

 天帝府の内壁の内側に碑が建てられたのは、いつなのか、俺は知らない。気づくとその石碑はあり、憂国のものはここに眠る、とそれだけが刻まれている。

 処刑されたものが弔われる場所がここだ、ということらしい。

 そんな慌ただしい日々の中でも、俺の日常はゆっくりと回復していった。稽古に次ぐ稽古、議論に次ぐ議論。剣術の技と、思考を練り上げることで構成された生活が、戻ってきた。

 夜になると、不意に目が醒めることがある。

 寝台の上で俺は汗みずくになっている。夢も見ない。うなされている自覚もない。疲れてもいない。

 しかし汗だけが、着物を重くさせている。

 着替えて眠り直し、自然と朝を迎える。

 目が覚めて俺はまず、壁に掛けられている刀を見る。

 捨てるべきだろう。

 しかし俺はそれを、まだ捨てられずにいた。

 そんな風に元通りに戻ったはずの俺の元へ、その知らせが入ったのは、反乱が「冬司屋敷事件」と呼ばれ始めた直後で、最初に耳に入ったのは、内務司の指示で天帝府の内壁の内側を改めて探索している集団がいる、ということだった。

 集団の数は最初、十人が三隊、などと言われていたが、数は見る間に増え、二十人の隊が三十隊、編成されていると聞こえた時には、そのうちの一つが剣聖府に踏み込んでおり、弟子たちはまず武装解除を求められ、武器を持たずに広間に押し込められた。

 捜索が終わり、数人が呼び出され、その名前の中に俺の名前もあった。

 俺も含めた五名が、そのまま理由も聞かされずに捕縛され、そして剣聖府から内務司屋敷へ連行された。

 あっという間の出来事だった。



(続く)

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