第40話 もう終わりにしましょう

 -凛実の方の部屋-


 楓菜の方は、凛実の方に呼ばれて訪ねて来たはずであるのに……凛実の方が不在の状況なのは ……


 どういう事であろうか? 考える。


 代わりに居たのは外喜殿。


 部屋に入った瞬間、 自分以上に驚いた表情を見せたこずえ。


(彼女は、先ほど部述べた口上を私に告げるよう、命を受けたに過ぎない……可哀相に……)


「いや、お呼びだてして申し訳ありません。凛実の方が、鈴様の鍛練の様子を見に行かれている時に。楓菜のお方様に……湖紗若君様ご誕生の祝いの言葉を申し上げなければと……」


 楓菜の方は、意識的に外喜の言葉を耳に入れぬようにして。


 明らかな嘘……


 凛実の方の留守を狙い、名を語り呼び出し、関係のないこずえを巻き込んだ……



 一応の礼儀は尽くしたようで……上座に案内された為、下座の外喜の後ろの方にて、青ざめているこずえが見える。


「桜王家は、磐石ですな。湖紗若君がお生まれになって。貰い物ですがね、大福を頂いたのでね、お出ししますね。こずえ。お茶を立てて、そこにある大福を楓菜の方様と、湖紗若君にお出しして」



(何を申されているのだろう? この御仁は……湖紗若は、まだ生まれて三ヶ月……大福など、食べる訳ないではないか)


 胸に抱きし、我が子を見つめる。


 こちらに伺う前に、授乳し、満腹になったのか……眠っている湖紗若。


 人の話し声にも。この不思議な空気にも。起きる気配のない……


 にゅむにゅと、口元を可愛らしく動かして眠っている我が子。湖紗若



 残念な事に……茶の袋を開けた瞬間に、嗅いだ事のある匂いが鼻先をかすめて……



(守らねば……)


 大切な楓禾姫と、湖紗若を……


 そして……


(もういい……)



 楓菜の方は、 一瞬、苦しい気な悲し気な表情を浮かべたのだが。


 次の瞬間穏やか表情を浮かべて。


(きちんと、こずえは、何の関係もないと……これだけ は、伝えねば…… ごめんなさいね 巻き込んでしまって……)



 楓菜の方は、小さく 息を吐くと。


「もういい……終わりにしましょう。外喜殿。 ここまでの事をした……する。のだから…… 貴方は、貴方の抱き続けているものを、 覚悟を持って遂行する自信がおありなのでしょう……」


 瞬間、 目を輝かせた外喜。


「鈴様を、助けて……もり立てて行くが良い!」


「フ、アッハハッハッハ!」


(私も、またまだね。 勝ち誇った笑いが鼻に付くわ)



「私だけで良いであろう? 湖紗若は、まだ、あんこや、お茶などは召し上がらぬゆえ! 宜しいか?」


 楓菜の方は、外喜を睨み付けずにはいられなかった……


 様々な事を悟ってしまった。こずえ……


 そんな、こずえの気持ちなど外喜が慮るはずもなく……


 茶を立てるでもなく、固まったままのこずえを 睨み付けてから、 自ら茶を立て、大福をの方の前に置くと。


「 それは失礼致しましたね」




「にゃぁ」


 楓菜の方の大きな声に 驚いたのだろうか? 湖紗若は、小さく声をあげると。


「ん、ぎゃぁ」


 次の瞬間、火が付いたように泣き出して。


( 母を許して……ずっと守り。傍で成長を見ていたかった……)


「楓禾姫と、湖紗若は、鈴様を助けて行く事でしょう。外喜殿、子供達には罪はありませぬ。 子供にだけは……手を掛けぬと約束して頂だけますか?」


「約束しよう」


(本当にどこまでも、尊大で 愚かな男……)




 目の前の男を、哀れに思いながらも


 茶碗を手にした楓菜の方……



(一言……爽と話がしたい…… 口にする量を 少なめにしたなら……)



 爽と話をする事が叶うかもしれない……



(この後に及んで、こんな事を思うなど……馬鹿みたい……)


 自嘲気味に微笑むと楓菜の方は……



 -ガラっ-


「楓菜様っ、楓菜姫様っ」



(爽……?)



 薄れていく意識……



(来てくれたのですね……爽……楓禾姫……湖紗若……愛しています)



 両頬の涙……スッっと流れて……


 楓菜の方 は、静かに目を閉じた……


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