第38話 暗雲

人は、夢を抱く。思い描いた未来を生きる人はまれ。いつしか人は夢に折り合いを付け、今置かれた場所で、もがきながら生きて行く……


(ふんっ、なんと愚かなっ姪だっ)



源本外喜は、荒々しく純梨の方の部屋の障子戸を締めて、心の中で毒づいた。




『叔父上様、叔父上様の思い描いておられる事が(人15)家の総意であるならば。鈴様の益になるのなら、協力も致します。しかし、桜王家の統治にほとんどの家臣も。

稜禾詠ノ国

の民達も不満など抱いてはいないのですよ?』



「小娘が……こしゃくな……源本家の統治で満足している兄の瑠喜など論外!十年前、楓菜の方と爽に代替わりし。楓禾姫が誕生日した際に『機を逃すな!』と『桜王家に替わり、源本家で稜禾詠ノ国を治めるぞ!』声高に叫んでいた奴らも……桜王家の家臣達と反目するので精一杯で役に立たぬし!」


楓希の方と陽の力と支え、家臣達の支えにより、若さゆえ統治能力を不安視されていた、楓菜の方と爽が成長して行き、桜王家の安定が図られつつあるのに。外喜と、一部の家臣がそこに気付かない……


争い事など、力で勝った物こそが人を支配出来る。その価値観の中でしか生きられない……己の存在価値を見出だせない。それが外喜という人物であった。



--


-ドスドス-



荒々しく、足音をたてながら、場内の執務室に向かい歩き出していた外喜。


後ろから衣擦れの音……?


(曲者っ?)



勢い良く振り返った先。



使用済みのお茶道具を手にした持女……



(驚かせおって……ん?この娘。純梨の方の部屋にいた……)





持女は、持女で驚いていた。 目の前を歩いていた人物に急に立ち止まられ。それも眼光鋭く睨まれているのだから。



「そなた名は?」


「は、はい。山乃こずえと申します」



「山乃?」



その名前に、 引っかかりを覚えた外喜。


山乃 という苗字で思い当たる人物はただ一人……


「山乃基史の娘か?」


「はい」



基史は、楓菜の方に近しい……御厨勇と懇意の人物。


「ふーん……父親に私を……凛実の方や、鈴若を見張るように言われたか?」



「え?」



こずえには、外喜の言葉の意味が分からなかった。



桜王家に、奉公に出たいと夢を見た少女。確かに、父が庭師として仕えている縁もあって、奉公に上がる事を許された面もあるやも知れないけれど……


雇う際の、針仕事や、洗濯に炊事能力などの試験も受けているし。凛実の方より『持女として仕えて欲しい』と、打診されたのだ。


こずえには、父の基史がお庭番的な仕事をもしているなど、知らなかったのである。


「そ、そのような事はありません」



(父が疑われている?)



父を守りたくて。こずえは必死に否定して。





そんな、こずえを見つめながら。



「こずえと申したな。使いを頼まれてくれぬか

?」



外喜は、こずえにそう言うと…

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