第9話

「死にたい」


王太子妃の部屋の隅で蹲り小さく呟いた。

はっきり言って死にたい。

同じ過ちは繰り返さないと思っていたのに、また人前でキスしてしまった。しかも一回だけでなく何回も。最後の方は舌まで入っていたような気がする。


「大分盛り上がってたわね」

「うっ…」

「前回もこんな感じでしたよ」

「うぅ…」

「しかもリーゼからキスしてたわね」


呆れたようなユリアーナとフィーネの言葉が胸に突き刺さり痛みを発生させる。返せる言葉が見つからないので何も言えない。

ふとベルンハルトを見ると楽しそうに笑っていた。あれは確信犯だ。分かっていて止めなかったに違いない。


「止めてくれても良かったじゃないですか」

「自分からキスしてくれて、しかも強請ってくれるリーゼを止められるわけないよ」

「恥ずかしい事を言うのはやめてください!」


確かに私からキスしたし、強請ったけど。それを声に出して言うのはやめてほしい。

唸り声を漏らしているとユリアーナが肩を叩いてきた。


「大丈夫よ。最初の一回しか見てないから」

「可愛らしい声が漏れ始めたところからは耳を塞いでましたよ」

「一緒に居たのが私達で良かったわね」


その気遣いは嬉しいし、一緒だったのが二人で良かったと思う。しかし言わなくても良い事まで言ってくるあたりは嫌味にも感じられる。

甘えた声を出していた自覚があったにも関わらず止められなかった私が悪いので二人に文句は言えない。


「リーゼ、本当に可愛かった」

「もう良いですから」


ベルンハルトは蹲っている私を器用に抱き締めてくる。もうこれ以上イチャイチャしようとしてくるのはやめて欲しい。


「二人きりだったら押し倒してたよ?」


耳元で生々しい事を言ってくるベルンハルトに頰を赤く染める。ユリアーナが「勝手にやってなさいよ…」と呆れたように呟いたのを聞き逃さなかった。


「押し倒した瞬間、殴り飛ばしますよ」


さっきまで揶揄う側に立っていたフィーネが味方してくれた。

流石に今の発言は許せなかったらしい。

彼女に睨まれたベルンハルトは悪びれた様子もなく「今は我慢するよ」と笑った。

心が広いのは良いけど煽っているようにも感じられる。


「チッ」

「はは。リーゼの侍女は本当に態度が悪いな」

「今のはベルン様が悪いですよ」


話をしていると部屋の扉が叩かれた。

こんなところに来るなんて誰でしょうか?


「ランベルトです」


首を傾げていると部屋の外から聞こえたのは父の声だった。

どうしてここに居るのだろうか?

ソファに座り直してからフィーネに扉を開けて貰うと黒い笑みを浮かべた父が立っていた。どうやら怒っているらしい。

入って来ようとする父の道を塞いだのはベルンハルトだった。


「おはようございます、クソ殿下」

「おはよう。口が悪いな、ランベルト」

「私の愛娘をこんな所に連れ込むとは良い度胸してますね」


完全に怒っているみたいだ。

後ろには楽しそうに笑う母と殺気を隠さないアードリアンが立っている。

ヴァッサァ公爵家揃い踏みだ。


「娘を返して頂きましょうか」

「嫌だと言ったら?」

「この部屋が血祭りになります」


過激な事を言う父に頰が引き攣った。

私が勝手に王太子妃の部屋に連れて来られたのが辛抱たまらない様子だ。


「と、とりあえず場所を変えて話しませんか?」


どうして父達が王城に居るのか知りたい。

その気持ちもあって止めに入った。

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