第24話

アンネを撃退した日から学園の空気は微妙なものになっています。

主に一年生の教室周りだけですけどね。


「見て、あの人…」

「アンネに酷いこと言って泣かせたのでしょう」

「貴族だからって酷いよね」


完全に私が悪者ですね。

別に悪い噂ばかりではない。

私を悪く言うのは基本的に平民達だ。貴族で私に文句を言うのは事情をあまり分かっていない人達か貶めたい人達くらいなもの。


「ねぇ、あれ否定しなくて良いの?」

「ユリア、私が出向いて否定すると今度は脅しているとか言われるわ」

「ですが、放置もよろしくないのでは?」


フィーネの言いたい事も分かる。私としては噂自体はあまり気にしない。しかし王太子の婚約者としてありもしない事実を流され続けるのもいかがなものかと思う。


「面倒だけど黙らせた方が良さそうね」

「……脅したりはしないのよね?」

「アンネさんに謝って質問するだけよ」


にこっと笑ったのにユリアーナは頰を引き攣らせた。

本当に脅す気はないし、謝るつもりなのだけど信じて貰えないみたいだ。


「丁度良くご本人が居ましたよ」

「本当に丁度良いわね」


フィーネに言われて見るとアンネが登校して来たところみたいだ。

それでは挨拶に行きましょうか。


「おはようございます、アンネ様」

「お、おはようございます…」


本気で怯えているのか演技なのか。

今回は演技なのだろう。私が苛めていると噂している人達の前だから彼女から見れば正しい判断だ。

また私を罵倒しようとする人達も居ますよ。


「この前は申し訳ありませんでした」


周りがざわっとするが知らないふりをする。

今は付き合っていられませんからね。


「いくら私でも許せなかったのです」

「な…」

であるベルンハルト様を前にして『私のベルンハルト様から離れなさい』と訳の分からない事を言われてしまって気が動転してて…貴方を責めるような事を言ってしまってごめんなさい」


また辺りが煩くなる。

ひそひそとアンネの事を話し始める人達もちらほら見受けられます。

聞いていない。

一方的に責められたって言ってたよね?

アンネが悪いんじゃないの?

そんな言葉が聞こえてくる。

アンネ張本人は真っ青になっていく。


「あの時は流してあげましたけど、ベルンハルト様はいつからアンネ様のベルンハルト様になったのでしょうか?」


完全に悪役っぽい立ち回りだ。それを周りがどのように捉えるかは分からないけど先程までアンネさんの味方だった方々は彼女を冷たい目で見始めた。


「アンネ様、私は質問をしているだけですよ。思った事を答えて頂ければ十分です」

「そ、それは…」


本音を言ったら悪い噂はどうでも良い。

ただアンネの『私のベルンハルト様』発言が私には許せないのだ。


「あの発言は不愉快なものでしたね」


ここに居ると思ってなかった人の声が響いた。

周囲の騒ぐ声が聞こえてくる。


「ベルン様」

「おはよう、私のリーゼ」


笑っていますが怒っているように見える。

身勝手な事をした私に怒っているのか、アンネの戯言に騙された人達に怒っているのか。それともアンネ自身に対してなのか。

おそらく後者二つだろう。


「あ、あの…」


ベルンハルトの登場によってアンネは更に顔を青褪めさせる。

晒し上げは嫌な気分になりますが自業自得なので仕方ない。


「ねぇ、君」


アンネの言葉を無視したベルンハルトは周囲を取り囲んでいた生徒の一人に声をかけます。

声をかけられた男子生徒は貴族ではなさそうだけどベルンハルトな事はしっかり認識しているようで驚いた表情を浮かべる。


「は、はい!」

「一つだけ聞いても良いですか?」

「も、問題ありません!」


背筋を整えるが足元を震わせる男子生徒。巻き込んでしまって申し訳なくなる。


「最近、を悪く言う人が多くいるのだけど理由を知っていますか?」


笑顔のベルンハルトに対して男子生徒は目を逸らして、顔色を悪くします。

おそらく彼も言っていたのでしょうね。


「あ、アンネさんが、えっと…」


私を見てきましたね。

おそらく私をどう呼んだら良いのか分からないのだろう。


「ヴァッサァです」

「ゔ、ヴァッサァ様に酷い事を言われたとクラスで言っていて…。それで…」

「彼女の発言だけを聞いてを悪く言った、と?」


男子生徒をキツく睨み付けるベルンハルト。何回も『私のリーゼ』と言わないで欲しい。


「シェーン伯爵令嬢は私や他の男性貴族に付き纏って来ていて皆迷惑していました」

「え…」

「それに加えて今度はリーゼを貶める事を言い始めているみたいですね。彼女は何がしたいのでしょうね」


急に笑うのをやめたベルンハルトは視線を移動させてアンネを睨む。

私が始めた事だけどこれ以上の晒し上げは要らないと思う。


「ベルン様、もう良いですから」


ベルンハルトの背中に触れて咎めるが睨み付けをやめない。

耳元で「もう十分です」と伝えれば先程までの冷たい表情を和らげてくれた。


「大切な恋人を貶められそうになって許せなかったのですよ」

「その気持ちだけで十分ですから」


甘々な態度は嬉しいけど先程まで睨み付けていた人達の前でやる事ではないと思う。


「今回の噂は私の可愛い婚約者に免じて許しますが次は無いですよ」


勢い良く首を縦に振るのは質問をされた男子生徒。そして周囲を取り囲んでいた人達も同様に頷いていた。

最後は私に申し訳なさそうな視線を送ってくるので笑いかける。


「私は皆さんを責めたいわけではありませんので…。むしろ怖がらせてしまい申し訳ありません」


ざわっとしますね。

今日はよく騒つきますね。


「それでは失礼します」


軽く会釈だけしてその場から立ち去ろうとしますが肝心な相手を忘れていましたね。


「アンネ様。次あの発言をしたら…ね?」


耳打ちすれば逃げるように教室に走って行くアンネの後ろ姿を見つめてほそく笑む。


「脅してるじゃない」

「ただの注意よ」

「リーゼ様、格好良いです」


ユリアーナには呆れた顔で、フィーネにはキラキラした目で見つめられる。


「うん、僕のリーゼは可愛くて格好良くて最高だね」


それにしてもこういう事はやるべきではないですね。

疲れましたよ。

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