第19話

「ふぁ…」


化粧台の前、髪を整えて貰いながら大きな欠伸が漏れる。


「眠そうですね」

「ちょっと夜更かしをしちゃって…」


昨晩早くに寝られなかったのは風紀委員会についての資料を纏めるのに時間が掛かったせいだ。

自分の為だけの資料であれば誤字脱字をしていても問題ない。しかし提出相手は顧問であるヘンドリックである。

下手をすれば学園の重役達にも見られるかもしれない。つまり丁寧に書かなければいけなかったのだ。

一度間違えたら全て書き直しになる為、作業は夜中まで続いた。

ユリアーナが付き合ってくれようとしたけど流石に悪いと思ったので一人で完成させたけど。

完全に前世の癖よね…。


「リーゼ様、あまり無理をなさらないでくださいね」

「ありがとう」


前世の頃は日付けを越えても余裕で仕事をこなせていたのに今は全然だ。

怠けたなと思ってしまうあたり社畜精神は抜けていないのかもしれない。


「お兄様は準備出来ているの?」

「用事があるらしく先に学園に行かれましたよ」

「そう。生徒会の用事かしら」

「おそらくは」


新入生が生徒会の仕事をするようになるのは来週から。仮に朝から仕事があったとしても私に声をかけないのは当たり前なのだ。

玄関まで向かうと既にユリアーナが迎えに来てくれていた。


「おはよう、リーゼ」

「ユリア、おはよう」

「寝不足?」

「少しだけね」


私の返事にユリアーナは「だから手伝うって言ったのに」と苦笑する。

今度からは付き合って貰おうと思う。



フィーネとユリアーナと三人で学園に向かうと正門前で嫌な声が聞こえてくる。


「あ~、ユリアン君だぁ!」


ユリアン君という名前に反応して見れば、確かに前世の推しキャラであるユリアン君が居ました。

しかし彼に絡んでいるのは…。


「あのお花畑女ですね」

「え、えぇ…」


朝からユリアン君に絡んでいるのはアンネだった。彼の道を塞いで話しかけている彼女に眉を顰める。

グイグイ行き過ぎでしょ。

あからさまに迷惑そうにしているユリアン君。どうしたら良いのか分からないみたいだ。


「リーゼ様、逃げましょう。絡まれたら面倒です」


そうなのだけど推しキャラに似た存在が迷惑そうにしているのを放置するのは…。


「おはよう、リーゼ」


どうにかして助けたいと思っていると後ろから抱き締められる。振り返ればベルンハルトが爽やかな笑顔を向けてきた。

これは怒っている時の笑顔ですね。


「お、おはようございます…」


おそらくユリアン君の事を見ていたから嫉妬したのだろう。

引き攣った笑顔で挨拶をかえしているとフィーネから「だから逃げましょうと言ったのに…」と情けない声が聞こえてくる。


「ベルン様に対しての言葉だったのね」

「逃げようとするなんて酷いな」


ぎゅっと抱き締める力が強まった。抱き締めて貰えるのは嬉しいし、彼の腕の中は大好きだけど人前なのだ。遠慮して貰いたい。

ほら、騒いでる人もいるじゃないですか。


「ベルン様、離して…。見られてますから」

「見せつけてるんだよ?」

「人前ではくっ付かないって約束です」

「王太子と次期王太子妃が仲睦まじそうにしてるのが悪い事なのかな」


悪くはないですが、頭が悪そうに見えたら嫌じゃないですか。

それにベルンハルトが馬鹿にされるのは許せない。


「悪くはないですが、節度を弁えてください」

「せめて教室まではエスコートさせて?」

「腰に手を回すのは無しですからね?」

「仕方ない。今日は手で諦めるよ」

「いつも、です」

「いつもさせてくれるんだね」


完全に嵌められましたね。

今日だけ許すつもりだったのに。

フィーネとユリアーナが呆れた表情がこちらに向けられた。


「あっ、ベルンハルト様だぁ!」


すっかりアンネの存在を忘れていた。

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