第29話

「勉強の調子はどう?」


少し後ろを歩くユリアーナに尋ねると困ったように眉を下げられる。

大変なのだろうか。


「これでも中身は成人しているからね。前世でも学べるような勉強だったら良いのだけど淑女学は最悪ね」


淑女学は主に淑女に必要な礼儀作法を学ぶもの。

座っていても立っていても姿勢が悪くなれば強く叱られるのだ。言葉遣いにも気を付けなければいけない。

それだけじゃない淑女に必要不可欠なスキルであるダンスや刺繍なども講義内容に組み込まれている。

前世では学ぶ機会が少なかった事だ。


「これまでも受けてきたのでしょ?そこまで辛くないと思うけど」

「伯爵家の教育と王城の教育を一緒にしないで」

「ああ…」


多くの貴族は身分に応じた学習を施される。だから公爵家である私の教育はかなり厳しいものだった。

そのおかげで王太子妃教育もすぐに終わったのだけどね。


「ちょっと失敗する度に『トルデリーゼ様の護衛に相応しい人物になれませんよ』って叱りつけられて」

「酷い言い方ね。私から注意しましょうか」

「平気よ。いつか必ず『素晴らしいです』と言わせてやるわ!」

「逞しいわね…」


普通の貴族令嬢なら間違いなく苛立って、親に言い付ける場面だろう。

それなのにユリアーナは気合十分の表情を見せてくる。


「リーゼに頼っていたら護衛として相応しくないわ。自分で何とかするわよ」

「無理しないでね」

「任せて頂戴!」


ふふっと笑うユリアーナは淑女には程遠い悪い顔をしていた。

ゲームでよく見た悪役令嬢の企み顔だ。

ただゲームのユリアーナよりもずっと邪悪に見えるのは気のせいだろうか。


「リーゼ、今失礼な事を考えたでしょ」

「考えてないわ」

「どうせ悪役令嬢らしい顔をしていると思ったんでしょ」


鋭い。

苦笑いで誤魔化すと「やっぱりね」と言われる。

あまり刺激するのも怖いし、ゲームのユリアーナより邪悪な顔だと思った事は黙っておこう。


「私はゲームのユリアーナよりも手強いわよ」

「ぶっ…」

「優秀な淑女様が吹き出しちゃ駄目じゃない。怒られちゃうわよ」

「ユリアが得意気な顔で変な事を言うからでしょ」


私は悪くない。

睨み付けるとへらへらと笑いながら「失礼な事を考えたお返しよ」と返される。

確かに失礼な事を考えたけど意地悪しなくても良いじゃない。


「それよりもどうしてベルンハルト様にプレゼントを贈ろうと思ったの?誕生日は過ぎているじゃない」


ベルンハルトの誕生日は春だ。そして今は夏の終わり。

急なプレゼントは変なのだろう。


「こ、恋人になった記念みたいな…」

「吃驚するくらい乙女ね」

「乙女よ」


精神年齢的にはおばちゃんだけど実年齢的には乙女真っ盛りの時期だ。

恋人が出来て浮かれている馬鹿にも見えるけど、プレゼントを贈るくらいなら普通の事よね。


「何を贈ったら良いと思う?」

「リーゼの贈り物なら何でも喜ぶと思うけど…。ゲームなら甘くないお菓子だったわね」

「それも考えたのだけどゲームの彼と重ね合わせているような気がして」

「ああ、なるほど。じゃあ、もう…」


リーゼをあげたら?

耳元で囁くユリアーナ。彼女の言っている事が分からないほど初心な人間じゃない。

すぐに意味が分かり頰が赤くなる。


「まだ十四歳なのよ」

「良いじゃない」

「この世界だと結婚前にそういう事をするのは醜聞になるわよ!」


前世だったら交際期間中に身体を重ねる事は普通にあったけどこの世界は、特に貴族界隈だと婚前交渉は酷い醜聞として扱われるのだ。

王太子と公爵令嬢となるとそれはもう大騒ぎだろう。

小声で叱るように言うと「それもそうね」と笑いながら返される。


「それに中身が成人しているせいで十四歳の男子が相手って考えると抵抗感と罪悪感があるし…」

「ああ…」

「さっきのディープキスだって……いや、何でもないわ」

「そこまで言って誤魔化せると思わない方が良いと思うけど」


流れに任せて言うべきじゃない事まで言ってしまった。興味津々と見つめてくるユリアーナからは揶揄うネタを頂戴という意思が伝わってくる。

本当に余計な事を言ったわ。


「その話は馬車の中でゆっくりお聞き致しますよ、リーゼ様」


人が近づいて来るのを確認したユリアーナはピシッと背を伸ばし、素敵な笑顔を見せてきた。






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