幕間4※ベルンハルト視点

「最悪です…」


何度目かのキスが終わり反省中のトルデリーゼを見てくすりと笑った。

僕としては伝えても伝えきれない感情を行動に移したつもりだ。それを全て受け止めてくれたトルデリーゼ。受け止めるだけでなく彼女からも何度も僕を求めきたのだ。

キスの最中、全身の血が沸騰したような感覚だった。

こんなに幸せなことがあって良いのか。

そう思うくらいには舞い上がっていた。


「見られちゃったね」


落ち込むトルデリーゼを苛めたくなって、つい笑いかけてしまう。

彼女とキスをしている時のフィーネは怖かった。

今すぐ殺してやるって目でこちらを見ていたのだ。

護衛達にはキスを見せないようにしていたくせに自分だけは憎悪の眼差しを僕に向けていたフィーネ。

つい挑発したくなって笑いかけたのは間違えだったかもしれないと今更後悔する。

最近は落ち着いていた彼女の悪態も今日をきっかけに復活するだろう。彼女が僕に愛想を良くしていたのはトルデリーゼの悩みを探る為だったからだ。


「もう外でキスしないから」

「そんな事、言わないで」

「私は人にキスシーンを見られて喜ぶ趣味ないの!」

「僕だってないよ?」


僕だって見られて喜ぶような性癖は持ち合わせていない。

見られている相手がフィーネだったから挑発したくなっただけだ。


「いや、だって、ノリノリだったじゃない。最初から見られている事に気が付いてたくせに…」


ノリノリってそれはトルデリーゼに言われたくない。

彼女だって夢中になっていたじゃないか。

可愛いから許すけど。


「いや、気が付いてたけど…。後で困るリーゼも見てみたいなって」


これは本音だ。

もっと色々なトルデリーゼが見たくてやった節はある。こちらを睨み付けるように見てくる彼女に二度と人前でやるべきではないなと思った。


「もう人前ではしないから、許してね?」

「嫌よ」


即答されるがさっきと言い分が変わっている。

外でキスしないって言ったのはトルデリーゼなのに。


「さっきと言ってる事が変わってるよ?」

「……だって結婚式の時は人前でするじゃない。その約束は要らないわ」


拗ねるように言われる。

この可愛い生き物は何だ。

顔を俯かせたのは情けない顔を見られたくないから。

今の僕は頰が緩みきり酷い有様だろう。


「あー、もう可愛すぎるだろ!」

「わっ…!」


勢いよく抱き締めたせいかトルデリーゼの身体が大きく揺れ動いた。

倒れ込みそうになるのを回避したのは良いが何故か彼女の意識が僕から別の物に移動してしまう。

抱き締めているのは僕なのに他の事を考えているのが許せない。

両想いになった反動か馬鹿みたいに強い独占欲が自分の中に溢れ出てくる。


「何考えてるの?」

「え」

「僕と居るのに僕以外の事を考えていたでしょ」


トルデリーゼの瞳が揺れる。

どうして分かったのかと言いた気な表情だ。


「ユリアの事を考えていたの」

「この状況で考えるのか」


何故この状況でユリアーナ嬢の事を考えるのだ。

そういえば三年前のお茶会で母上に僕とユリアーナ嬢のどちらが好きかと聞かれて彼女の名前を出していた

まだ勝てないのかと拗ねてしまう。


「ユリアみたく鍛えた方が良いのかと」

「何で…」


てっきりユリアーナ嬢の方が好きだと言われるのかと思ったが全く違う事を言い出すトルデリーゼに首を傾げた。

どうして彼女が鍛える必要があるのだ。


「ベルン様に抱き着かれてもフラつかないで受け止められるようにする為よ」


いきなり抱き着いた僕が原因だけどトルデリーゼが鍛えるのは容認出来ない。

この柔らかな感触を味わえなくなるのは勘弁願いたいのだ。


「やめてね?絶対に駄目だから」

「でも、ユリアは」

「彼女は君の騎士になるのだから良いんだよ!」


ユリアーナ嬢に拘り過ぎだろう。

騎士として鍛えるのは当然の事。でも、トルデリーゼは騎士じゃないのだから必要ない。


「とりあえず鍛えないで。後、今は僕に集中して」

「は、はい…」


いい加減、僕だけを見て欲しくて伝えるとトルデリーゼは戸惑いながらも頷いてくれた。


「ベルン様って独占欲強いの?」


今更な質問だ。

トルデリーゼへの独占欲は六年前からずっとある。

これまでは彼女の気持ちが自分に向いていないと思っていたから曖昧な感じにしていたが両想いになったこれからは違う。


「当たり前。昔から君の周りに男が近寄らないように牽制してたからね」

「そ、そうなの…」


トルデリーゼは自分の容姿の良さに気が付いていないのだ。

大人の女性に近づくにつれて美しさが増していく。それに引き寄せられる男の数も増えている。

本人にモテている自覚がないから厄介なものだ。


「独占欲の強い僕は嫌?」

「好きに決まってるでしょ。私だって独占欲強い方だと思うし…」

「そうは見えないけど」


トルデリーゼが僕の独占欲を望まないならと尋ねた問いかけに返ってきたのは予想外の答えだった。

彼女の独占欲が強い?

それはないだろう。彼女が僕を独り占めしたがるところを見た事はない。


「お茶会の席で貴方が他の女の子に優しくしているが嫌だし、囲まれてるのもムカつく。常に笑顔で対応しているのも腹立たしいのよ。でも、ベルン様は王子だから仕方ない事だと我慢していたの」


捲し立てるように言うトルデリーゼに戸惑いが隠せない。

これが本音?

僕だけが一方的に彼女を独り占めしたいと思っていたわけじゃないのか。


「…知らなかった」

「バレないようにしていたの。それに今まではゲームの事ばかり考えて、ベルン様を想う気持ちに蓋をしていたから言えなかったの。でも、これからは言うからね?」


独占欲を隠す演技は見抜けなかった。

それ以上に気になる部分が多かったから浮き彫りにならなかったのだろう。

抱き締める力を強めた。


「リーゼ、今すぐ結婚しよう」


お互いにここまで想い合っているのだ。

今すぐ結婚しても良いだろう。


「結婚出来る年齢じゃないわ」


夢を見ている僕と違って現実的な彼女にむすっとする。嘘でも良いから「はい」と返事をして欲しかったのだ。

もしかして僕の愛が重過ぎるから結婚したくないとか?


「リーゼは出来るだけ早く結婚したくないのか?」

「したいわよ」


即答される。

彼女も早く結婚したいと思ってくれている事に喜びが溢れて、つい阿保な事を言った。


「十六歳になったら結婚しよう」

「周りが許してくれないわ」


また現実的な事を言う。

今日この場限りの嘘でも良いから頷いて欲しいのに。

なかなか思い通りにいかない人だ。

そういうところが好きなのだけど。


「王太子と王太子妃の結婚式なの。私は国中から祝福されるような結婚がしたいので我慢して頂戴、王子様」

「今日ほど王子が嫌になった事はない…」


もしも僕達が平民だったら十六歳になった時点で婚姻関係を結べるのに。

その気持ちで呟くとトルデリーゼはくすりと笑った。


「貴方が王子だったから私達は婚約出来たのだと思うけど」

「王子で良かった」


もしも僕が王子でなかったら出会う事すら許されなかっただろう。

そう考えると今の自分の立場は悪くない。

阿保っぽくなった僕を見たトルデリーゼは「どっちよ」と笑ってみせた。

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