幕間9※エリーアス視点

僕は全てを話した。

母様が居なくなってからやってきた後妻に家を乗っ取られたこと。

その女が闇オークションに関わりを持っていることを知ったこと。

そして自分があの女に捨てられたこと。

泣きそうになりながら話した。


「辛かったな。よく頑張った。もう耐えなくていいぞ」


陛下の言葉で僕は泣き出してしまった。

それは僕がずっと誰かに言われたかった言葉だったから。泣いている僕の背中を摩ってくれたのはベルンハルト殿下だった。

陛下の前で醜態を晒し、殿下にとんでもないことをさせている自覚はあった。でも、止まらなかった。


「さて、ジル。今回のことは重いぞ」

「分かっております」

「君の後妻に関しては即拘束だ。幸いにも優秀な宰相が既に情報を纏めてくれているからな」

「ランが…」

「友人に感謝しろ。それに彼の娘リーゼにも。彼の娘が居たから君の息子も助かったのだ」


そうか、宰相はリーゼの父親だったな。

親子揃って不甲斐ないな僕達は。


「それにお前の気持ちも考えずに再婚を勧めた私が悪かった…」

「いえ、陛下のせいでは…」

「エリーアス君もすまなかった」

「やめてください!陛下のせいではありません!」


陛下が父様に再婚を勧めたのか。

だから断りきれなかったのかもしれない。しかし父様が家に帰って来なくなったのは関係ないと思う。


「私のせいでもある。だが、お前が家庭を顧みなかった事も問題だ」

「はい」

「お前に対しての罰は今回の件の黒幕を捕らえること。それから息子と向き合う事だ」

「そ、それは…」


それは軽過ぎなのでは。

爵位の剥奪は最低限行うべきだ。


「出来ぬか?お前も後妻と共に犯罪奴隷まで落ちると言うなら構わぬぞ」

「違います!罰が軽すぎます!」

「軽いだと?ふざけるな!」


陛下の怒りが父様に向いた。

僕も父様も、殿下でさえ少し驚いていた。


「お前はこの国に蔓延る毒を消す事が軽いと言うのか」

「違います」

「では息子と向き合う事か?」

「……」

「どこまで愚かなのだ。お前が行った最も重い罪は息子であるエリーアス君の事を考えなかった事だ!」


僕のことで陛下は怒っているのか…。

何故そんな。


「父上は国民を大切にしているんだ。将来国を背負う子供をとにかく大事にしている。だから怒っているんだよ」


先程までの取り繕ったような口調が抜け、どこか誇らしげに笑うベルンハルト殿下が居た。

あぁ、これは敵わないな。


「息子を考えなかった事…。それは違います!」

「何?」

「私はエリーアスを考えなかった日はありません!」


父様が陛下に反論したことに驚く。

しかも僕のことを考えなかった日はないだと。


「私は妻を失い。腑抜けて、情けない男になりました」

「あぁ、知っている」

「そんな情けない男が彼女の残してくれた大切な宝物の傍に居てはいけないと思ったのです」


陛下は黙って父様を見下ろしていた。


「だから、私に代わり愛情を注いでくれる人が欲しかった」

「再婚の理由はそれか?」

「彼女は優しそうな人だった。雰囲気が妻に似ていた。だから結婚したのに…こんな事になるなんて…!今すぐあの女を殺してやりたい気持ちでいっぱいです。彼女の、私達の宝物を傷つけたあの女を!」


父様は泣いていた。

母様のこと以外で泣く父を見たのは初めてだった。

その涙は僕のための…。


「お前は呆れるほど馬鹿だな」

「分かっております」

「いいや、分かっておらぬ。お前はエリーアス君の気持ちを直接聞いたのか?」

「いえ…」

「彼は君に傍に居て欲しくないと言ったのか?」

「言ってません…」

「やはりエリーアス君の事を考えてはおらぬぞ」


陛下がこちらを向いた。

僕の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、思わず顔を下に向けた。


「エリーアス君。君はジルに傍に居て欲しかったか?」

「僕は… 」 


僕は父様に…。


「傍に居て欲しかったです。腑抜けでも良い。情けなくていても良い。一番傍に居て欲しかった!」

「エリーアス…」

「新しい母親なんて要らなかった!僕の家族は父様と母様だけで良かった!母様が死んでも、父様が居てくれたら良かった!なのに、あんな女に僕達の大切な家を…!」


父様に向かって全てを吐き出す。


「……っ、陛下。私への罰の件は承諾致します。だから、今は…息子と、私に残された唯一の家族と話をさせてください!」


床に頭をつけて懇願する父様。

言いたいことを言えたからか冷静になった僕は違和感を感じた。


「父様、あの、唯一の家族…ではないです」


父様は動揺に瞳を揺らした。

まるでどういう事だと言ってきそうな雰囲気を持っている。

義母は許せる存在ではないが生まれて間もない異母弟に罪はない。彼は家族と呼んでも良い存在だろう。


「僕には弟がいるではありませんか」


場の空気が凍り付いた感覚に陥る。

なんだ…。

今言うべきじゃなかったのだろうか。


「エリーアス?なにを言ってる?私の息子はお前だけだ」

「で、ですが、あの女には子供が…」


再び空気が固まった。

父の表情がみるみるうちに恐ろしいものへ変わっていく。


「陛下、不敬を承知でお願いしたい事がございます」

「何だ?」

「今すぐ屋敷に帰る許可をください」

「息子と話す時間を設けるのではなかったのか?」


父様はゆっくりと立ち上がって僕の前に跪いた。


「エリーアス、少しだけ待っていてくれ。終わったらゆっくり話そう」

「父様?」

「もう私は逃げたりしない。離れないから少しだけ待っていて欲しい」


真っ直ぐ僕を見つめてくる父様は母様が亡くなる前の父様に戻っていた。

今なら信じられる気がする。


「分かりました。待っています」


僕が頷けば父様は「ありがとう」と頭を撫でてくれた。


「陛下、先程の件を優先して終わらせる事にします。あの女は我が家を踏み躙りすぎた。数日以内には全てを終わらせましょう。それまでエリーアスをお願い出来ますか?」

「良いだろう。協力が必要ならランに頼めば良い」

「ありがとうございます」


父様はもう一度僕の頭を撫でると「行ってくる」と部屋を出て行った。

出て行く直前、父が恐ろしい表情を浮かべていたのは気のせいだろう。


「ベルン、お前も私と話すか」

「父と息子として、ですか?」

「まさか今回の件についてだ」

「分かってますよ」


笑いながら陛下と会話をするベルンハルト殿下。

羨ましい。

リーゼのような愛らしい婚約者がいて、陛下のような子を大切に思う父親がいて恵まれていると思う。

でも、僕にも大切に思ってくれる父親はいる。今はそばに居ないけどきっとすぐに戻ってきてくれるだろう。


「エリーアス君。ジルは頭は良いのだが、阿呆で愚かなのだ。ちゃんと言ってやらないと気持ちは伝わらない。帰ってきたら思っている事は全部言ってやりなさい」


笑って頭を撫でてくれる陛下。


「頑張れ、リアス」


背中を押してくれたベルンハルト殿下。

僕はこの方々に絶対の忠誠を誓おう。

そして僕に光をもたらしてくれたあの子にも。


後妻の子供が父の子でなかったと僕が知ったのはこれから二年後の話だった。

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