第14話

「嫌です」


反射的に答えてしまったが本音だ。

王族からの婚約の提案を断る事は間違いなく不敬にあたる。怒って罵倒しても許される立場のベルンハルトは楽しそうに笑った。


「そんなに嫌なの?」

「王太子の婚約者って疲れるじゃない。疲れることはしたくないのよ」

「それを僕に直接言えるあたり勇気あるね」


勇気があるわけではない。普通に話して良いと命令を受けたから取り繕わず話してるだけだ。


「僕の婚約者になって他の令嬢から睨まれたくないとか?」

「公爵家の生まれの時点で妬みの対象だったので今更気にしません」

「もしかして王太子妃教育が嫌なの?」

「普段から厳しい教育を受けているので特に問題ありません」

「じゃあ、なんだ…」


眉間に皺を寄せて悔しそうな表情を見せるベルンハルトに首を傾げる。

なんで悔しそうなのよ。

私が婚約を嫌がっている本当の理由を言うわけにはいかない。しかし、なにも答えないという選択肢は私に与えられないだろう。

他の理由で誤魔化すしかない。


「睡眠時間を削られるのが嫌なのよ」

「は…?」

「王太子妃教育が始まれば朝早くから夜遅くまで勉強することになるのでしょう?そうなると大切な睡眠時間が削られるじゃない。それが嫌なのよ」


ここまで言えば流石に怒るだろう。婚約者にしたいとは思わなくなるはず。だったのにベルンハルトは嬉しそうに微笑みかけてくる。


「どうしよう。いいな…」

「王太子殿下?」

「ベルンって呼んで。堅苦しいのは嫌なんだ」


攻略対象者の彼が悪役令嬢に愛称呼びを許可するってどういう事なの?

ゲームでは王太子殿下呼びだったのに。

見つめてくる瞳は呼ばせる気満々といった感じだ。相変わらずこっちに拒否権はない。


「……ベルン様」

「呼び捨てで良いのに。まぁ、それは追々かな」


今後も呼び捨てにする気はないのだけど…。


「婚約の件だけどね。最初からリーゼに拒否権はないよ」

「どうしてですか?」

「これは王命による婚約だから」


……嘘でしょ。なんなの、その強制力。

王命の婚約という事はベルンハルトの言うように拒否権はない。否応なしに婚約は成立してしまう。


「泣くほど嫌なのか…?」


ベルンハルトに言われてから泣いているのだと気がついた。

自分が悪役令嬢じゃなかったら大人しく受け入れていた。でも、私は悪役令嬢だ。いずれ彼に婚約破棄を叩きつけられてしまう存在。


「嫌です」

「なんで?」

「ベルン様は他の子を好きになるから…」


しまった。

慌てて口を塞ぐが遅かった。驚き固まるベルンハルトに嫌な汗が流れてくる。

今度こそ不敬罪ですね。


「どうして僕が他の人を好きになるんだ…」

「十五歳になって学園に通い始めたら多くの人と会いますよね」

「急に話が飛んだね…」

「その中に運命だと思える人が現れるかもしれないじゃないですか!」

「ちょっと落ち着いて!」


用意されていたチョコレートを口の中に放り込まれる。

甘くて美味しいです。

もぐもぐしているとベルンハルトの溜め息が聞こえてくる。


「ちょっとは落ち着いた?」

「はい…」

「よく分からないけど、リーゼは僕が他の人を好きになると思っているんだよね?」

「はい」


アンネって名前の美少女と出会って恋に落ちますよ。だから私との婚約をなかったことにして欲しいです。

ベルンハルトから「他の人を好きになる気はないんだけどな」という声が聞こえてくる。

今はそう思っているだけですよ。


「リーゼ、どうしたら僕と婚約してくれる?」

「……約束してほしい事が二つあります」

「叶えられそう内容なら叶えるよ」


王族相手に約束事を取り付けるとか不敬罪も良いところだ。でも、今は本人の言葉に甘えさせてもらうとしよう。


「一つ目は好きな人が出来たら報告してください」

「……うん、分かった」


ベルンハルトに好きな人が出来る時点で身を引けばゲームに巻き込まれずに済むかもしれない。

不服そうな表情を浮かべながらもベルンハルトは納得してくれた。


「二つ目は大勢の前で婚約破棄するのはやめてください。するなら裏でやってください」

「はぁ?」


訳が分からない事を言っていると思っているのでしょう。でも、事実ですよ。

生徒全員の前で婚約破棄を叩きつけられるのは本当に勘弁して欲しい。


「約束してください!」

「はぁ…。分かった、約束しよう。その約束を守れば婚約してくれるんだよね?」

「王命ですし…」


仕方なく、ですよ。

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