第10話 幼女、帰還する

 魔王城の城の屋上の警備兵達は、空からの外敵がないかを常に監視している。

 そんな中、黒い点が現れた。

「なんだ、あれは?」

 一人の警備兵の声に、屋上の警備兵達が集まってくる。

 それは、だんだん大きくなり。

 そして、何かが羽ばたいていることがわかってくる。


「……あれは、まだ相当遠いはずだぞ」

 屋上の警備隊長を勤める男が、警戒を露わにし出す。

「真っ直ぐ、こちらに向かっていませんか?」

 その隊長の部下が、進言する。


 バッサバッサと、ゆっくりと羽ばたく大きな翼。

 それはだんだん近づいてきて、竜種の姿であることが目視でわかるようになってきた。


「……かなり、でかいぞ」

「報告、報告だー!」


 にわかに、警備兵達が騒がしくなり、まずは決められている警備体制を取る。

 そして、上層部への伝達役に指名されている者が、ルシファーの執務室のドアを荒々しく叩いた。

「緊急です! 竜が、恐らく巨大な竜が我が城に向かってきております!」

 すると、「入れ」との声とともに、その警備兵は入室を許された。


 中にいたのは、ルシファーとアドラメレク。

「状況を説明せよ」

 アドラメレクが、緊迫した面持ちで兵士に尋ねる。


「は、屋上警備をしていた所、以前から古竜の目撃情報があった山側から、一直線に我が城へ竜が飛んできております!」

 警備兵は、慌てながらも、口を噛むこともなく、ハキハキと伝達する。


「なんだって、とうとう奴は我らに楯突く気になったのか!」

 アドラメレクが慌てて警備体制の強化を指示すべく、軍部の態勢図を開く。

「……古竜」

 そこで、ルシファーが、つぶやいた。

「陛下?」

 訝しげに、アドラメレクが尋ねる。

「あれは、リリスに討伐してこいと命じたのだが……。まさか失敗した、のか?」

 俄に信じ難いといった顔をしつつも、古竜がこちらに飛んでくるのは事実。最悪の場合もありうる。


「総員、空からの襲撃に対する最高警備体制を取れ! 魔導師は、王城を中心に結界を展開する準備を行え!」

 アドラメレクが指示する。

「はっ!」

 警備兵が、伝令役となって、足早に、伝達に向かう。


「……だが、リリスが負けた? だったら、この城の誰が、あれを倒せるというのだ?」

 ルシファーが呟いた。

 来たばかりとはいえ、魔族化した彼女に叶うものは、間違いなく存在しない。

 何せ、あれは、一人ではない。

 一人でありながらも、百数十人の猛者。かつての英雄達なのである。

 一騎当千どころではない。

 伝説の英雄達百人に勝る彼女が負けた?

 それにどう勝てというのだ? 策は?

 執務机の上で、ルシファーが頭を抱えていたが、まずは防衛体制を整えるために城の屋上へと向かうのだった。


 ◆


「あれ? おちろ、ひと、いっぱい?」

 私リリスは、尋常ではない様子と、騒がしく怒号が聞こえてくる魔王城を見て首を傾げる。

「マスター。恐らく彼らは、竜が襲撃しに来たものだと思っていると思われます」

 一緒にニーズヘッグの背に乗るマーリンが、状況を分析する。

「え! どうちよう!」

「リリス様、私は貴女のご命令で貴女を乗せて飛んできただけ。襲われたくはありません!」

 新たに眷属にしたニーズヘッグが、イヤイヤと首を振る。


「どうしましょうか……。そういえば、ニーズヘッグ」

「はっ、はい」

 突然マーリンに名指しされて、当惑するニーズヘッグ。

「あなたは、小型化できますか?」

 ああ、そうか。上位種の従魔って、普段は大きすぎたりして不便だから小型化させていたりするわよね。

 そう、私が思いつく。

「はい、なれます」

 ニーズヘッグは、やはり、出来ると回答した。


「では、マスターを私が抱いて、あなたの背から離れます。あなたは小型化して、我々の後をついて来てください」

「なるほど! だったら、しゅーげきじゃないって、わかってもらえるわね!」

 はい、とにっこり笑ってマーリンが私に顔を向けて、にっこり笑う。

「では、失礼」

 私はいつものように、マーリンに姫抱きされる。

 そして、マーリンが、ニーズヘッグの背中からふわりと浮いて離れる。

「よし、小さくなってください」

 すると、ぽふん、と音を立てて、お腹がぷくりと膨らんだ幼児体型の黒い竜の赤ちゃんみたいな姿になった。

「かわいい!」

 思わず私が叫ぶ。

「えへ。かわいいですか? えへへへ」

 小さくなった手で、後頭部を掻くニーズヘッグ。


 城の側からは、「竜が消えたぞー!」などとこえが聞こえてくる。

「さて、帰還しますか」

 マーリンを先頭に、私たちは魔王城へ飛行しながら帰るのだった。


 そして、ここは陛下の執務室。

 私とマーリン、小竜の姿のニーズヘッグが横一列に並ばされている。

「今回の騒ぎはなんだ。俺は、『古竜を討伐してこい』と指示したはずだが?」

 執務机の上で肘をついて両手を組む陛下に、じろり、と睨まれる。

「エインヘリヤルをよんだら、びっくりしちゃったみたいで、けんぞくにしてって。たしゅけてっていわれたの」

「で?」

「だから、けんぞくにして、ちゅれてきまちたー!」

 私は、胸を張って、えっへんとする。

 だって、退治しないで解決したんだよ? すごいでしょう?


 その私の態度に、陛下のこめかみに青筋がたった。

「そのおかげで、どれだけの騒ぎになったと思っているんだーー‼︎」

 私は無茶苦茶怒られた。


 ……どうして?

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