第7話 幼女、仕事がしたい

「はい、リリス様、あーん」

「あーん」

 そうして、アリアに口に含まされた一口大フィナンシエを賞味する。

 じゅわりとバターと甘味が口に拡散して、非常に美味しい。


 ーーあ〜! 魔王領、最高!


 こう、人間の国は、主食のパンすら不味いのに、こっちの国は、パンもふんわり柔らかで美味しい。しかも、『米』や『じゃがいも』という、主食にさえバリエーションがある。

 そして、私の、この見た目。

 誰もが愛さずにいられないらしいこの容姿、そして、人でありながら、魔族になった者(我々を理解している者)と言った事(誤解?)もあり、私は、魔族領の皆にとにかく愛されていた。

 そう。私は、人生の春を謳歌していたのだ。


 ーーま、まあ、贈り物が、ぬいぐるみとか、幼児用のドレス等装飾品か、甘い菓子かというところを、深く考えなければ、私は、天国にいるようだった。

 真面目に考えれば、人間の国で辺境伯をしているお父様を、いつの日かお助けしたい、そうは思っているけれど。

 私は、現在目の前の幸福を享受していた。


 そんな時、この状況を引き起こした張本人、孔雀(アドラメレク)がやってきた。

「なぁに?」

 私はあからさまに顔を顰めてみせる。

「いや、そこまで毛嫌いしなくとも……」

 いや、毛嫌いされる理由は十分あるのではないのだろうか?

 私を、意図せず、幼女化したのは、お前の咎だ。

「どうちて、わたちが、こんなすがたなのか、しってるわよね?」

 自分で言うのはどうかと思うが、さっき確認した明らかに美幼女の愛らしい顔立ちで、私はこてんとあざとく首を傾げる。

 そして、にいーっと極大の笑顔を作って見せる。

 ひっ、と、アドラメルクが喉の奥で悲鳴をあげる。


「サモン、エインヘリヤル」

 私がそう命じると百数十という英霊達が、それぞれの『英雄を英雄とたらしめた武器』を持って、顕現する。


「ヒィ……ッ!」

 アドラメレクは、地に尻を落として、その情景をただただ見つめる。


「ねえ、アドラメレク」

 私は、彼の顎を、幼女の指でたくし上げる。そして、ニヤリと唇で弧を描く。

「あにゃたは、あたちに、おいめが、あるわよね?」

 なんで、こういう決め台詞で噛むのよ! と、内心私は苛立つ。

「は、はい……」

 けれど、あっさりと、アドラメレクは、その失敗を素直に認めた。


「ねえ、アドラメレク」

 私は、彼に、真面目か顔を向ける。

 それに呼応して、まず失態を犯した彼が、真面目な顔をする。

「あたち、どうちたら、ここれ、いきてける?」

 子供の顔で真顔で尋ねた。それは、見る側としてはとても違和感のあるものだっただろう。

「まずは、功績を立てることが、早いかと思われます」

 アドラメレクが、敬語で私に答える。


「ねえ、マーリン」

 私は、相談役の彼を呼びつつ、問いかける。

 当然、無数に読んだ中に、彼は当たり前のようにいた。

 私が、極限まで弧を描いてニヤリと笑うのを、アドラメレクに見せつけながら、マーリンに問う。

「……あの男がああいうのだけれど、どう思う?」

「……人に聞いておいて疑うのか‼︎」

 アドラメレクが叫ぶ。


「もう。うるさいわねえ」

 ふう、と私はわざと大きなため息をつく。


「マスター。この男ではなく、貴女の主人たる魔王陛下に、何かお困りごとがないかお伺いした方が良いのでは?」

 マーリンが私に進言してくれた。

「しょれは、しょーね。そうするわ。じゃあね」

 アドラメレクに、バイバイ、として、私は陛下の執務室へ向かうのだった。


 コンコン、と陛下の執務室のドアをノックする。

「リリスです」

「入れ」

 許可を受けて、ドアを開けると、陛下が書類の決済をしているところだった。


 ーー意外に魔王様といっても、普通の国王と変わらないのね。


 思わずじっと見てしまった。

「なんだ?」

 忙しいのか、陛下はこちらに目も向けずに、手を動かし続けている。

「おてつだい、できること、ないですか?」

「ふむ。殊勝な心がけだな」

 すると、やはり忙しそうなのだが、陛下の口元が少し緩んだ。

「そうだな……。一つ止まっている仕事があるんだが、これは流石に厳しいかな」

 そう言って、陛下は一枚の嘆願書を私に差し出した。

 私は、それを受け取って眺める。

「りゅう、たいじ」

 そう、竜退治だ。

「大型の古竜が、山の上に住み着いてしまって、その辺り一帯を開発できずにいて困っているんだ。本来なら肥沃な良い土地なんだがな」

 そう言って、陛下はため息をつく。


しょうかんサモンだいけんじゃマーリン」

 私は、意見を聞きたくて、彼を呼ぶ。

「マスター、お呼びでしょうか?」

「うん。へーかに、これ、たのまれたのだけど。できるかな」

「ちょっと待て、本気でやる気か?」

 陛下は、本気でできるとも思っていなかったらしく、大きく目を見開いて私達を見る。

「え? むしろ、なんで、できないの?」

「古竜だぞ⁉︎」

「マスターは魔族となられたために魔力量が増え、以前以上に多くの英霊エインヘリアルを呼べるようになりましたから。英雄達百人がかりなら、竜とて敵ではないかと」

「……」

 陛下はマーリンのその言葉に、呆気に取られていた。

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