恐怖‼︎ ランニング金次郎‼︎

宮塚恵一

夜は校庭で運動会

 みんなの学校には七不思議とかあったろうか。

 学校の怪談。子どもたちに口承されていく、学校内で起こる世にも奇妙なうわさ話のことだ。


 わたしの通う小学校にも当然その七不思議があって、子どもたちの間でまことしやかに語られていた。

 その七不思議の怪談の主役たちが今。


 激烈なレースを繰り広げていた。


「さーあ、今宵もはじまりました! チキチキ! ヨモツヒラサカデッドレース! 司会はこのワタクシ、バッハ鈴木がお送りしております! 昨年度は熾烈な戦いの末、人面犬がトップをかざったが今年はあ!? ルーキー、ベテラン、ダークホース、すべての怪異が入り乱れるこのレース! わたくしにもまったくの未知数です!」

「なんぞこれ」


 校庭の立ち台の上に、マイクと音楽室のバッハの肖像画が置いてある。その肖像画が、飛んだり跳ねたりしながらマイクに向かってレースの実況放送を行なっていた。


 何のレース?

 それはもう、目の前で行われている怪談たちのレースである。


 わたしは学校に忘れた習字道具を取りに来ただけなのだが。

 謎の光景に自分の目をうたがった。


 校庭を怪異たちが、必死になって走っている。


 先頭を走るのは人面犬。ドーベルマンの体にハゲのおっさんの顔がくっついており、わたしがうわさで聞いたこの学校の七不思議に登場する人面犬の特徴と同じだ。

 いわく、何年か前、警備のおじさんが学校をリストラになった際に自殺し、愛犬だったドーベルマンの体を借りて夜な夜な学校の警備をしているといううわさ。

 学校の七不思議その一である。


「だが! ほかのやつらも負けちゃいない!! 続くのは人体模型と二宮金次郎!! ふたりとも汗をふり乱しながら全力で人面犬を追う!! しかしかなしいかな! 人間(?)の脚力では人面犬にはなかなか追いつけなあああい!!」


 ベタもベタだが、理科室の動く人体模型、そして校庭を走る二宮金次郎像の怪談も、この学校の七不思議の二つ目と三つ目。


 人体模型と二宮金次郎像はなぜかお互いの顔を見てぎゃーぎゃーと喧嘩しながら、走っている。


「お前なあ! 元は石なんだから走れるようにはできてないだろうが! あきらめておれに優勝をゆずれ!」

 とは人体模型。人体模型だが、中身の内臓はすべてぬかれていて、校庭を走るのはガワだけ。人体模型なりの軽量化作戦だろうか。


「あほぬかせ! お前だって人のことは言えへんやろが! わしがトップじゃ! そもそも学校の校庭を走る言うんはわしの専売特許! くねくね動くだけの人体模型とはちゃうんじゃ!」

 とは二宮金次郎像。なんでなまり口調なんだ、二宮金次郎。


「あんたらそんな喧嘩してる場合かい? お先失礼するよ」

 二宮金次郎と人体模型の前方に、ぼんやりと黒い穴のようなものが空中に浮かび上がる。そこから一人の老婆がひょこりと顔を出し、そのままスタコラと走っていった。


「くそババア!」

「それ反則だろ!?」

 二宮金次郎と人体模型の抗議をなんでもないように受け流し、また老婆は空中の穴に消えた。


「おーっと四次元ババア! 四次元ババアだ! 反則ではありません! 怪異の特徴を利用するのはこのヨモツヒラサカデッドレースの醍醐味! とは言え、レースですのでゴールへいきなりワープするなどの移動は禁止です!」


 四次元ババアも学校の七不思議のひとつだ。

 学校のどこにでも現れる謎のおばあちゃんのうわさで、元々はヨジババと呼ばれて、午後四時以降に学校に残る生徒の前に現れて取って食う、みたいな話だったらしいが、ヨジババは四次元トンネルで学校のいたるところに移動できる四次元ババアでもある、という話の尾ひれだけうわさとして残ったかたちだ。


 首位争いはこの四人(?)のようだ。

 後うちの学校の七不思議といえば、実況放送をしている音楽室の動く肖像画、それにテケテケ、最後に昼と夜で段数のかわる怪談だが……。


「もうゴールを狙うはこの四人のデッドレース! 恐怖の十三階段の怪異は『走る足がありませんので』と棄権。テケテケはレース開始早々、コースを曲がれずにコースアウトしてきり帰ってこないが大丈夫かあ!?」


 だそうだ。

 地域によって差はあるものの、テケテケといえば上半身だけの、自分の足を探している怪異だが、うちの学校のテケテケは特に性別は語られないのと、真っ直ぐしか走れないので、襲われても横に飛びのけば逃げられる、という話がついている。


「ふん、インチキの四次元ババアは後まわしや。去年、人面犬にはしてやられとるからな。今年はバッチシ対策をこうじとるんじゃあ!」

 二宮金次郎像は背中に背負う薪をごそごそと探り、何かを抜き取った。


「見い! ワ◯チュールじゃい! これに抗えるワンコロがおるもんなら連れてこい!」


 二宮金次郎はワ◯チュールの袋を開け、前を走る人面犬めがけて投げた。

 人面犬の足が止まり、よだれを垂らしながら投げられたワ◯チュールめがけて逆走をはじめた。


「おおーっとおお!? ここにきて二宮金次郎、隠し球かああ! まさかまさかのご存知いなばのワ◯チュール! さすがの人面犬も犬の本能には勝てなかったかああ!?」


 バッハ鈴木、なんでワ◯チュールご存知なの。

 後今更だけど、バッハ鈴木って何。


「よくやったぜ、相棒! これで邪魔者がひとり消えたなあ!」

 人体模型がわははと笑うところに、二宮金次郎が薪の中の木を一本投げた。


「痛い!?」

「誰が相棒じゃ! お前も敵やろうが! 言っておくが、わしは誰が相手でも容赦はせんぞ!」


 そう言って、二宮金次郎は人体模型の足に手をかけ、思いっきり引っ張った。


「ん? おお!?」


 人体模型の足がぽーんと抜け落ちる。


「わはははは! ワンコロ! こいつも土産や!」

 二宮金次郎は人体模型の足を人面犬の近くに投げた。人面犬はワ◯チュールをもう食べ終えたらしく、投げられた人体模型の足をパクリとくわえると、校庭から抜け出してどこかへ駆け出して行く。


「おおい! 待てい! 卑怯者め!」

「ふはは! 勝ちゃいいんじゃ!」


 二宮金次郎は後ろで倒れる人体模型をあざ笑い、ゴールに向かって走る。


「ここにきて、人面犬と人体模型の二名が脱落かあ!? さあ、そうなるともはや二宮金次郎と四次元ババアの一騎打ち! さてさて、クライマックスをむかえましたヨモツヒラサカデッドレース! この一年間、学校の子どもたちの恐怖をエネルギーとして、ためにためられた怪談パワーを手にし、願いをかなえるのは一体誰だ!?」


 そういう主旨だったのね、ヨモツヒラサカデッドレース。


「いひひひひ! さすがは二宮金次郎! 学校の怪談の中でも古株なだけはあるね! しかし! このあたしの四次元移動殺法にはかなうまい!」


 目まぐるしい勢いで校庭のマラソンコース上に、黒い穴が現れ、四次元ババアが顔を出し、また少し前にでてきた黒い穴から四次元ババアが顔を出す、という動きが繰り返される。


「ふん、このインチキババア! これは奥の手やが仕方あらへん!」


 二宮金次郎が小脇に抱えていた本を開く。開いた本の中にはスイッチがあった。


「これが、わしの! 全力全速じゃあ!」


 ポチっとスイッチが押されると同時に、二宮金次郎の背中の薪の束が光り輝く。

 そして!


「ターボ全開!」

「な、なんだってえ!?」


 二宮金次郎の背中の薪がロケットとなり、ものすごい速さでゴールまで直進した。


 そうか。二宮金次郎の怪談。

 我が校にはもう一つうわさがあった。

 いわく、二宮金次郎像のどこかにスイッチがあり、それを押すと二宮金次郎は宇宙に飛び立つ、と!


「行っけやあああ!」

「ひいいい!!」


 四次元ババアが四次元の穴から転がり落ち、腰をうった。


「うっ! 持病のぎっくり腰が!」

「このレース、もらったあ!」


 ターボ全開で直進する二宮金次郎。だが、その前にのっそりと大きな影が現れた。


「おおっとおお! コースアウトしていたテケテケがもどってきたあ!! どこから出てきたんだあ!? だが! テケテケが二宮金次郎の行手を阻む!」

「関係あらへん!!」


 二宮金次郎はコース上を飛びながら腕をまっすぐに伸ばした。

 二宮金次郎の拳がテケテケにクリーンヒットする。テケテケは空へ飛ばされて、また校庭から姿を消した。


「ゴオオオオオル!! レース終了! 優勝は! 二宮金次郎像おおおおお!」


 そしてバッハ鈴木の、レース終了の声が校庭に鳴り響いた。


「どんなもんや!!」

 ガッツポーズをする二宮金次郎。

 その前に、赤い服の小さな女の子が現れた。


「優勝者の二宮金次郎像には、トイレの花子さんより、優勝賞品の怪談パワーが送られます」


 赤い服の女の子、トイレの花子さんの両手の中に、まばゆい光の玉がある。

 あれが怪談パワー。

 二宮金次郎はうやうやしくお辞儀をすると、それをしっかりと受け取った。


 そして、くるりと向きを変えると、わたしの元へと走り寄ってきた。


「な、なに!?」

 わたしがおどろいていると、二宮金次郎がわたしに怪談パワーを見せた。


「ほれ、お前のもんや」

「え?」

「お前がわしのことを掃除の時間、いっちゃん丁寧に拭いたってくれたことをわしは知っとる。お前みたいないい子はな、この世に残って悪霊なんかになったらあかん! さっさとあの世へ行って成仏しいや!」

「成仏?」

「なんや? 自分の境遇、わかっとらんやったんかい」


 そうだ。思い出した。

 わたしは、習字道具の忘れ物に気づいて学校に向かう途中に、車にはねられて……。


「そうか。わたし、幽霊だったんだ」

「せや。だから、この怪談パワーを受け取って、その力で成仏するんや」

「あなたはそのために?」

「自分を大切にしてくれた子のために何かしてやるんは当たり前やろ!」

「そっか。ありがとう。でもね、ちょっと待って」


 自分が幽霊だと気づいたのはショックだったけれど、優しい二宮金次郎に他の怪談たち、それにバッハ鈴木。

 ちょっと、この夜の学校も面白そうだ。


 翌年、この学校にはもう一つ怪談が増えた。


 いわく、夜の校庭にある立ち台の上で、二宮金次郎像と昔の学校の生徒の幽霊が、それはそれは綺麗な光の球を仲良く見つめている、と。

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