第11話 理由
昨日はキスのせいで何もできなかった。
帰ってからもずっとぼんやりしていて、Web小説を書き始めて以来、初めて小説の投稿を忘れてしまった。
エリからは一通だけ「明日は7時にいつものところね」とだけラインがきていた。
俺はさっきのキスの余韻をかみしめるようにベッドでじっとしたまま、すぐに眠りについていた。
目覚ましをかけ忘れたせいで、エリからの電話で俺は目を覚まして大慌てで家を飛び出した。
待ち合わせ場所に急ぐと、先にエリが腕を組んで待っていた。
「こりゃ、寝坊だぞー」
「ご、ごめんエリ……」
「髪の毛もぐちゃぐちゃだし、しっかりしないと」
「あ、うん……」
焦っていたせいで思い出す暇もなかったが、昨日俺はエリとキスをしたんだった。
彼女の顔を見た途端、昨日のことが頭に浮かび俺は気まずくなった。
しかしそんなことなど気にもしていない様子のエリは、いつものように俺に迫ってくる。
「ね、おでこ触ってー。すっかり熱なくなったでしょ?」
「う、うん。あ、ほんとだ熱くない」
「ワクミンって手大きいよね。男らしいなぁ、握っていい?」
「い、いいけど……」
俺の手をがっちり握ってからエリはまた俺に寄ってくる。
「ねーねー、明日は週末だからデートだよ?覚えてる?」
「う、うんもちろん。行きたいところ、あるの?」
「あるー」
「ど、どこ?」
「当ててみてー」
「ええ……」
エリみたいな子が行きたいところなんて俺には見当もつかない。
俺はせいぜい本屋とスーパーとコンビニくらいしか用事がない人間だ。
気の利いたデートスポットなんて知っているわけもないし鍵谷もきっときっとそんな相談なら役に立たないだろう。
「じゃあ今日が終わるまでに答え探しといてね」
「わ、わかった……」
「当てたらご褒美あげるから頑張ってね」
「ご、ご褒美って?」
「な・い・しょ!」
俺の鼻をツンとはじいてエリが笑った。
そんなエリを見ているとさっきまでの気まずさもどこかに飛んで行っていた。
登校中にカップルが手を繋いで登校しているのは異例というほどではないにしろ少ない。みんな友人の目があるから避けているのだろうか。
だからこそ俺たちは目立っていたと思う。
朝からイチャイチャする様子を他の生徒たちはどう思っているのだろうか。
こんな時に冷やかしてくれる友人の一人でもいれば、周りの声が聞けて便利なんだけど……
教室に入っても相変わらず俺に話しかけてくるやつはいない。
代わりに、昨日休んでいたエリには鈴村さん含め何人かの女子が声をかけていたので、先に席について読書を始めた。
なんか幸せだなぁ、いいよなぁこういうのって。性格の良いちょっとエッチな可愛い彼女がいるだけでこうも毎日が輝いて見えるものなのか。
やがて席に戻ってくるエリを見ていると俺はそんな優越感に浸っていた。
しかし静かに席に着いたエリは俺に絡んでこなかった。
暗い顔をしていたのでまた体調が悪くなったのかと心配になり、声をかけようとした時に先生がきたので話しかけることなく正面を向いた。
いつもならホームルームの間も俺に足を見せてきたり小声でエッチなことを言ってきたりする彼女なのに、今日は本当に静かだった。
休み時間になってすぐにエリに話そうとすると、無言で彼女はどこかに行ってしまった。
そして休み時間終了前に静かに席に戻ってくるという感じで、結局昼休みまでずっと彼女と話すことはなかった。
さすがに何か様子がおかしいと思った俺は、昼休みにエリを捕まえた。
「エリ、どうしたの?」
「え、うん……なにもないよ」
「いや変だよ朝から。なんかあったんなら相談してよ?」
「そ、そうだね……」
エリの顔が青ざめていた。
保健室に行こうと言っても「大丈夫」としか言わない彼女に何をしたらいいのか考えていると、教室の扉がバンっと音を立てた。
「おいエリ、彼氏って誰だよ」
シャツを出して中に赤いTシャツを着たやんちゃそうなやつが教室に入ってきた。
そしてエリの方に来ると、声を荒げた。
「江藤く……シュウジ……」
「いいからこっちこいやお前。おら、さっさとしろよ」
クラスのみんなも怯えている。
よく見るとそいつの顔には見覚えがあった。
江藤シュウジ。奇抜な格好でいつもうろうろしているので大体の生徒は彼の存在を知っている。
かなり暴力的で、傷害事件を起こして停学やら退学になったと聞いていたけど……
「シュウジ、私は」
「男ってどいつだ。俺に対する嫌がらせのつもりか?」
江藤がクラスの奴らににらみをきかせている。
そしてみんなの視線が一気に俺に集まった。
それを見て江藤が俺の方を見てきた。
「お前か?まじでぶっ殺す」
俺は睨まれたときに何も声が出なかった。
後ろで必死に止めようとしてくれるエリの姿が目に入った。そして彼女が振り払われて机にぶつかったのを見た時に俺の中で何かが騒いだ。
「おい、やめろ!」
「ああ?」
思わず声を出してしまった。
怖い、膝が震えている……
しかし、どんな状況かわからないがエリを困らせるやつは許せないと、俺は立ち上がった。
「死ねやカス!」
「がはぁっ!」
一瞬だった。思いきりぶん殴られた俺はそのまま吹っ飛んだ。
「こらー江藤!」
なんか先生たちがきて江藤が連れていかれている。
心配そうにエリがこっちに寄ってくる、気がした……
◇
「ワクミン、大丈夫?」
「ん……あ、エリ……ここは?」
「ふふ、どこでしょう」
目が覚めるとまずエリの顔があった。
ここは、保健室?顔や体のあちこちが痛い……
「いてて……」
「まだ寝てないとダメだよ?ほら、私の膝枕気持ちいいでしょ?」
「え……」
よく見ると、俺は今エリの太ももに頭を乗せて横になっていた。
なんて気持ちよさだ、どんな高級羽毛枕も目ではない。
そんな幸せな状況で目を覚ました俺ではあったが、幸せに浸る余裕はなく、すぐに起き上がり江藤の事について聞いた。
「エリ、あいつはなんなの?」
「……」
急にエリが黙った。
言いたくないということは、やはり元カレとかなのか?
いや、もしかしたら今の彼氏?二股とか?
……いや、彼女に限ってそんなことはしない。
不安ではあるがきちんと話を聞こう。
「話してくれないかな?」
「う、うん……」
エリは何度も言葉に詰まりながら話をしてくれた。
結論から言えば江藤はエリのストーカーだという。
高校にあがった時に一度誘われて遊んだが、告白を断った後から彼の行動はエスカレートしたそうだ。
さらに江藤には学校では逆らえるものがおらず、みんな彼の言うことを鵜呑みにするので、エリと江藤は付き合っていることにされていたらしい。
そんな強引さから、エリに近づく奴は殺すと普段から他の男子を脅していたそうで、誰も彼女に話しかけないようになっていたようだ。
春休みに傷害事件を起こして謹慎処分になっていたらしく、一部では退学するという話があったのもどうやら本当だったようだが、今日なぜか復学してしまったという。ちなみにエリがシュウジと呼ぶ理由は、そうしないとキレられるからだそうだ。
「そんな……ひどすぎるだろそれ」
「でも、みんなシュウジに怯えて私の話聞いてくれなくて……」
「先生に相談は?」
「したけど……カップルの喧嘩くらいにしか思ってくれないの」
こんな弱々しいエリは初めて見る。
俺は彼氏として何かできないのか……いや、そもそもそんな訳ありな状況でなんで俺と付き合おうなんて思ったんだ?
「ねぇワクミン、私……ワクミンに迷惑かけちゃった……」
「い、いやそんなこと……」
エリは泣いていた。
ベッドに腰かけたまま、顔を手で覆って伏せてしまった。
そんな彼女は泣きながら、俺に話しかけてくる。
「私、やっと自由になれたかなって思ったのに……なんで戻ってきたんだろ……辛いよワクミン……」
そんな彼女を見ていると、俺は奮い立った。
さっき殴られた痛みははっきり残っていて、正直怖いとすら思っていた。
まだエリの真意はわからないことが多い。それでも彼女を泣かせる奴は許さない、そう決意した。
「俺、江藤に話をしてくるよ」
「え、ダメだよまたワクミンが」
「じゃあ交換条件、俺が何とかできたら……俺と付き合った理由、ちゃんと教えてよ」
「……うん」
俺はまだ呼吸の落ち着かないエリを残して保健室を出ようとした。
その時エリが俺の袖をつまんできた。
「もう少しだけ、ここにいてほしいな……」
目を腫らして顔を赤くした彼女が俺に甘えてきた。
そんな姿を見て俺は足を止めた。
「ワクミン、私の事……好き?」
突然エリが聞いてくる。
俺は即答で「もちろん好きだ」なんて言いたかったが恥ずかしくて口籠った。
困った様子の俺を見て、彼女は涙を拭きながら笑った。
「ちょっとー、そこは好きだよって即答しないといけないとこじゃないの?」
「え、ええと……す、好き、だよ」
「ふふ、嬉しい♪」
エリが俺に顔を寄せてきた。
俺は人生で二回目のキスを、またエリのほうからされてしまった。
「あ……」
「二回とも私からだね」
「う、うん……」
「今度はワクミンからしてねって言ったのにー」
「だ、だってエリが」
「じゃあ解決したら、今度こそワクミンからしてくれる?」
「う、うん……」
結局二人で「授業サボっちゃおう」と言ってしばらく保健室にいることにした。
その時の俺の手は、太ももではなく彼女の手を握っていた。
「朝、スズからシュウジのこと聞かされて、ワクミンに迷惑かけないように避けてたんだけど……ほんとごめんね」
「い、いいよなにかあったのかなって思ってたし。それにもっと早く相談してくれたらよかったのに」
「だってそんな話したらワクミンにフラれるかもしれないじゃん……」
「そ、そんなこと」
「でもね、私の為に怒ってくれたの見て嬉しかったの」
「そ、そんなの当然だって。一応、か、彼氏なんだし」
「お、言うようになったねーワクミン。でもありがと」
もたれかかってくるエリのいい香りに包まれた保健室はゆっくりと時間が流れている気がした。
しかし、授業の終わるチャイムと共に外が騒がしくなった。
「放課後になっちゃったな。そろそろ行ってくるよ」
「……やっぱり私も、行ったほうが」
「いや大丈夫。一応考えはあるし、さっきのキスのお礼?ってやつもしないとだし」
「ふふ、じゃあ今度から無理をお願いする時はキスしちゃお」
今日のエリは悪戯な感じではなく純粋に俺に微笑みかけてくれる。
そんな彼女を傷つけるやつは許さない。
そう決意して、一人で俺は江藤のいるクラスに向かった。
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