17. 【地】灰化5 偽フェミニスト
灰化の要因となる行動は世界中で分析されており、主な理由は『他人を想いやらない行動をすること』と考えられている。この理由と共に具体的な事例が灰化対策機構のWebページに掲載されており、灰になりたくない人達は毎日その内容を確認していた。
しかし、明確に分かりやすく記載されていてなお、人とは思い込みによる勘違いをするもの。
何故か『正しいこと』であるならば灰化しないと考える人が一定数存在していたのだ。
「ポスターの掲示、終了しました」
「おう、お疲れ様」
とある地方の役所にて。
女性の公務員が、駅や街の掲示板などに灰化対策啓蒙ポスターを張り出す仕事を終えて、役所に戻って来た。
「少し休んだら5丁目を巡回してきますね」
「了解、あそこは高齢者が多いから大変だと思うけどよろしくな」
「はい!」
灰化の情報はWeb上で簡単に手に入るが、高齢者の主な情報源は今の時代も新聞やテレビだ。それらが灰化によってほぼ壊滅状態となっている現状、彼らに正しい情報を伝える役目を誰かが負わなければならない。この街では役所に勤めている公務員が全ての家庭を回り、灰化の説明をしていた。
女性が一休みしてそろそろ出発しようかと思った時、一本の内線電話がかかってきた。
その電話を女性の上司である男性が取る。
「フロントですが、灰化対策啓蒙ポスターの担当者はいらっしゃいますか?」
「はい、私です」
「申し訳ございませんが、お客様が担当者の方を呼んで欲しいと希望されておりまして……」
「分かりました。すぐに伺います」
男性は渋い顔をして受話器を降ろした。
「何かありました?」
「多分クレーマーだ。灰対に連絡しておいてくれ」
「ええ……この時代にですか。勇気ありますね」
電話先の雰囲気から男性はクレーマーが来たと予想していた。
クレーマーは、他人に迷惑をかける灰化対象の筆頭だ。クレームをあげても誰かの迷惑にならないのだと余程強く信じていなければ出来ないだろう。
「外出はちょっと待っててくれないか」
「分かりました」
ポスターの担当者はこの2人であるため、念のため残っていて欲しいと男性は部下である女性にお願いし、窓口へと向かった。
そこには大声でポスターについて非難する中年女性の姿があった。
「だからこれは女性蔑視なんです!早くこの卑猥なポスターを剥がしなさい!」
男性は軽くため息をついて、その女性の元へ向かった。
「お待たせ致しました。本ポスターの担当者です」
「遅い!こんな気持ち悪いのをばらまくなんて気が狂ってるんじゃない?どうしてあんたらみたいなクズが灰にならないのよ!」
とんでもない口調だが、それでもこの女性はまだ灰になっていない。
その事実により、自分が『正しい』と女神からお墨付きを貰っているのだと感じてヒートアップしているのだろう。
「お客様の気に障るようなポスターを掲示してしまい、大変申し訳ございません。すぐに掲示を取りやめさせて頂きます」
そのポスターは、水着姿の二次元の女の子が『他人を想いやる気持ちを忘れずにね』と言いながら砂浜に落ちているゴミを拾っている内容のものであった。
「当然よ!こんな男の欲望丸出しの気持ち悪いポスター作るなんて信じられないわ。女性のことを性の対象としか見てない最低の男が作ったんでしょ。さっさとそんなクズ人間灰になれば良いのに」
「お客様!?」
「何よ、文句でも……ええっ!な、なんでっ!私正しいんじゃっ!!!死にたくないいいいいいいいいいい!」
それがその女性の最後の言葉となった。
ふと男性が後ろを見ると、部下の女性が様子を見に来ていたようで、強いショックを受けて顔を両手で覆って泣いていた。
「君が気にする必要はない。ポスターも掲示したままだ。俺はアレが凄く気に入ってるし良いポスターだと思う。自信を持ちなさい」
女性が泣いているのは、クレーマーが灰になったからではない。
自分が考えて作ったポスターを女性蔑視で気持ち悪いと酷評されたからだ。
クレーマーは勘違いしていた。
自分が灰にならなかったのは、女神が正しいことをしている自分の味方になってくれていたからだと。
だが、女神は人が勝手に定めた『正しさ』など考慮していない。
重要なのはあくまでも『他人を想いやること』
クレーマーの言葉はきつかったが、あくまでもそのポスターを見て感じた不快感を伝える趣旨の内容であった。そしてこのクレーマーの主張、水着姿のアニメ調の女性のポスターは女性を性の対象としてアピールしており女性蔑視である、という考えが例えマイノリティであったとしても、そのマイノリティのためを想った行動であるのならば灰にはならないのである。例え内心そんなことを欠片も想っていなくても結果的にそうなっていればセーフなのだ。
実はこのあたりの灰化基準は非常にグレーである。
他人を想いやる行動をしたにも関わらず、第三者を不快にしてしまうなんてことは良くあることなのだ。
トロッコ問題や緊急避難などが分かりやすい例だろう。
1人を見殺しにするか、5人を見殺しにするか選択しなければならない状況では、片方のことを想いやって決断したとしてももう片方からは恨まれるかもしれない。
そしてこれは命のかかった状況でなくても容易に起こり得ることなのだ。
女神はそのようなグレーな状況で灰にすることは無い。
そのためクレーマーは『ポスターを見て不快感になる人のために』代表して不満を言っているという扱いであり、当初は灰にならなかったのだが、言ってはならないことを言ってしまった。
このポスターの製作者は男性であり、女性を見下す醜さが溢れ出ている、と。
実はこのポスターの内容を考えたのも描いたのも、泣き崩れてしまった女性公務員だったのだ。クレーマーは思い込みなのか男性を攻撃したかっただけなのか分からないが、不当な言いがかりでこの女性を苦しめた。それは女神的には完全にNGなのである。
そしてこの不当な男性攻撃による女性優遇を主張する一派は、灰化社会により次々と消えて行く。
「私あれが欲しいです。男性専用車両」
とある人気の男性動画配信主が、世の中に欲しい物というテーマで雑談配信をしており、その中で男性専用車両が欲しいと言っている。
「混雑していると偶然女性に触れた時に痴漢と間違われるかもしれないじゃないですか。あれが嫌なんですよ。両腕をずっと上げとくのも大変ですし、それでも鞄とかが当たったらアウトなんでしょ?電車に乗ってて女性が近くに居たらそれだけで逃げたくなりますもん。女性だって完全に男女別になったら安心じゃないですか?」
この意見に対して最初は男性陣から理解を得られるようなコメントが寄せられていたが、徐々に雲行きが怪しくなる。
『そんなの男が痴漢するから悪いんでしょ』
『なんで男が悪いのに私達が乗る車両を我慢しなきゃならないの』
『最低』
『こいつも女性蔑視しているクズじゃん』
配信主を非難するコメントが殺到し、配信主は困惑する。
「ええ……私悪かったんですかね。まずいなぁ、灰になっちゃうかも」
しかし灰になったのは逆だった。
この配信主の発言を叩いた人物達は二度と発言することが無く、荒れるかと思ったコメント欄はすぐに落ち着きを取り戻したのだ。
ここで重要なのは男性専用車両を導入すべきという考えが正しいかどうかではない。
男性は女性蔑視の意図など全くなく、むしろ女性のことも考えた発言内容であった。
形は歪んでいるが、否定コメントを投稿した女性達も、女性を守るための発言とも言えなくはない。
ポイントは声を上げることが出来ず、実際に被害に会うタイプの女性達の存在であった。
彼女達はこの配信を見て男性の意見に賛同していたが、ただ男性を叩きたいだけのコメントを見て不快に感じたのだ。安心できる環境になりそうな提言だったのに、それを潰されたのだと。そして彼女たちは日頃から思っていた。強引で不当とも思える女性優遇を主張する存在や女性の立場の弱さを逆手に男性を罠に嵌める犯罪行為をするような人達の所為で、女性優遇の声は一種の悪であるという風潮が少なからずあり、そのため自分達弱い女性がごく当たり前のレベルですら守られる世の中になっていないのだと。
最も守られるべき存在の心を無視したからこそ、彼女達は灰になってしまったのだ。
女性の真の敵は女性だった。
女性優遇を掲げる人達が、本気で不快に思っているのか、思考がマイノリティであるのか、本来あるべき姿を正当に主張しているのか、金銭が絡むのか、犯罪目的なのか、政治的な意図があるのか、それは分からないし女神は興味が無い。
仮に何らかの理由があってクレームを入れたいのであれば、その内容が不当な内容で誰かを貶めるものでないか気を付けるだけで良い。だが、灰化前の考え方を忘れられない人達は、灰化に関係なく当たり前のその配慮が出来ないのだ。
「なんで私がダメなんですか!女性だからでしょ!」
「いえ、当社は性別に関係なく能力で選考しております」
「嘘だ!絶対私が女性でしかもブサイクだから落としたんだ!」
「そのような事実はございません」
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!え……なんで私が灰に!悪いのはこいつらじゃないの!」
入学や入社についての女性差別も同じ話。
灰化前は学歴と同様に区別ではない差別があったのかもしれないが、今の時代でそんなことをやった企業は丸ごと灰になってもおかしくない。
だがそれがあると心の底から信じ続けている人は、その考えを変えることが出来ずに灰になって消えて行く。
実際、性別に関係なく人によって向き不向きはあるのだ。それを基準に選考することは当たり前の事であり、ただ単に自分が優遇されないことを批判するようなクズ人間は、容易に灰になるのであった。
このように女性差別撤廃の皮を被った、自分だけが楽をしたい特別扱いされたい文句を言いたいだけなどの、他者を真に想いやらない人物は灰になって消え、これまで被害を受けて来た、あるいは声を上げる勇気が出なかった女性達の人権が守られ始め、皮肉にも灰化社会の到来によって偽フェミニストが消えて本当の意味での性差別解消が始まったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます