16. 【異】フラグ4.隠し通路

「ケイ!右端の蝶々を倒して!」

「分かりました!」


 ケイは直径五センチメートル程の鉄の球を3つ手に持ち、蝶の頭上に向けてまとめて放り投げる。


「グラビティインパクト!」


 その鉄の球に強力な重力をかけて勢いよく落下させる。

 3つのうち1つが蝶にぶつかり、そのまま地面に叩きつけると蝶はブルークリスタルへと変換される。


 ケイが生み出した新たな攻撃技『グラビティインパクト』


 キヨカの狙い通り、レベルが上昇することで覚えた精霊術技じゅつぎ。精霊術と物技を組み合わせた高等技術であり、精霊術士であるからといって誰もが使える技ではない。


「やった!また倒した!」


 自力で敵を倒せることが嬉しくて思わずはしゃいでしまうケイ。両腕を胸の前で合わせてピョンピョン飛び跳ねる姿はあざとい女の子にしか見えない。


「私のコーディネートは間違ってなかったね」


 ケイは可愛らしい服も大好きで、女性風なコーディネートを嫌がることもなく、喜んでフリルがついた明るい色のマントを着こなしていた。出会った頃に着ていた黒いマントは処分済み。付け加えると、ヘアピンやチョーカーなどワンポイントアクセはケイ自身が選んだものだ。


「キヨカさんありがとう!ボクすっごくうれしい!」


 ケイは喜びのあまりキヨカに強く抱きついてくるが、キヨカは何も気にせず軽く抱きしめ返してあげる。相手が男性だということを完全に忘れているようだ。男性にこんなことをされたら真っ赤になって全力で張り倒してしまうのがいつものキヨカなのだが。


『尊い』

『あら~』

『キマシ……じゃないだとぉ!?』

『正当カップリングなんだよなぁ』

『正当って一体』

『レオナちゃん嫉妬でどす黒くなりそう』


「嫉妬なんてしてないよ!?」


 ウサ子はポトフの頭の上で座りながら、ケイの行動を微笑ましく見守っていた。嫌味を感じない純粋さで人を惹きつけるのも一種のケイの才能だろう。


「そろそろ僕の手助けをしてくれないかな?」

「残りはよろしくね」

「何故だああああああああ!」


 残った蝶の排除を指示されるセネール。キヨカ達は防御している扱いになり、セネールは一人で蝶を倒しにかかる。扱いが雑なのもいつもの通り。


「このおおおお!サンダースピア!」


 セネールが新技サンダースピアで憤りを邪獣にぶつけた。

 その名の通り短槍に雷撃を纏わせて相手を攻撃する技で、通常攻撃のおよそ2倍程度のダメージを与えることが出来る。

 多段突きの最高5回攻撃よりも威力は弱いが、多段突きは攻撃回数がランダムでダメージ量が安定しない。一方、サンダースピアは安定して2倍のダメージを与えられる上、雷属性が弱点の敵への攻撃ではさらにダメージが増す。


 蝶は雷属性が弱点ではないが、一撃で倒すことが出来る。


「ふっ、余裕だな」

「何やってるのセネール、技は節約してよ」

「僕に厳しすぎやしないかい!?」

「気のせい気のせい」


 文句は言ったもののキヨカの言う通りだ。今のセネールであれば通常攻撃2回で蝶を倒せるし装備が整っているため被ダメージも小さい。亀を雷で楽に倒すために技や魔法の使用回数は残しておきたい。


「これでトドメだ!」


 セネールが短槍を最後に残った蝶に向かって振り下ろすと胴体に直撃し、蝶はフラフラと地面に向かってゆっくりと落ちていく。


 ここ数日間の狩りにより、セネールは武器を単なる鉄の短槍から上位武器に買い替えた。そのため能力値の上昇と合わせて攻撃力が増え、蝶を2回だけで倒せるようになっていた。


 この世界では鉄装備の上位武器からは攻撃属性を意識した武器を選択する必要がある。攻撃属性とは斬撃、打撃、突攻撃、衝撃などであり、どのような方法で相手にダメージを与えたかを示すものである。


 短槍の上位モデルには、突攻撃が強いスラストスピア(小)、斬撃が強いスラッシュスピア(小)、打撃が強いストライクスピア(小)などがある。(小)とついているのは短槍であることの証であり、通常の槍にはついていない。


 セネールが選んだのは魔法攻撃の威力を上昇させるマジックスピア(小)。サンダーを使えることと、サンダースピアを覚えたことから魔法の威力を向上させることにした。マジックスピアは刃の部分に魔石を混ぜた鉄が使われており、硬度も上昇している。そのため打撃属性も少しだけ高くなっている。


「キヨカさん、キヨカさん、ボクもまたグラビティインパクト使いたいです!」

「う~ん、それじゃあ亀に当ててみよっか」


 亀の邪獣は硬い甲羅により斬撃や突攻撃による攻撃ダメージを大きく防ぐが、打撃や衝撃ならばある程度ダメージが通る。グラビティインパクトは打撃と衝撃どちらも含んだ物理属性攻撃であるため、効果を確かめるには適した相手だ。


「分かりました!」

「(亀の攻撃の威力忘れてるっぽいけどまぁいっか)」


 泣いて叫ぶほど恐怖を感じたことをケイが思い出すのはすぐのことである。


「グラビティインパクト!」


 鉄球の落下により亀の甲羅にひびが入る程の大ダメージを与えることが出来たが、生き残った亀は甲羅の攻撃をケイに向かって放った。


「え?」


 高速で回転する甲羅を反射的に避けようと体を捻るが脇腹に直撃する。


「かはっ……!」


 衝撃が来ると共に息が出来なくなり、苦悶の表情を浮かべる。

 しかし当たり所が良かったのか、胃の中身を吐き出すようなことは無かった。


「ケホッ……ケホッ……」


 痛みに耐え、せき込みながらようやく息を吸い込むことが出来たケイは、すでに涙目だ。

 このまま恐怖に心が塗りつぶされてしまうのではないかとセネールは不安を覚えたが、驚くことにケイは耐えきった。


「負けないもん!」


 フラフラとした足取りだけれどもしっかりと立ち上がり、自分を攻撃した亀の邪獣から目を離さない。

 これまでの数日間の特訓により、心も体も強く成長していたのだ。


「ケイ、やるね!」

「トドメお願いします!」


 強がりの笑顔を浮かべてケイは大丈夫だとキヨカに向けて親指を立てた。

 その強さに満足したキヨカは、新しい武器で亀にトドメを刺す。


「叩き割ってやる!」


 ひびが入って脆くなった甲羅をキヨカは強く真上から叩きつけ、破壊した。


 キヨカの装備も買い替えており、攻撃の威力が上昇していた。


 キヨカが選んだ装備は硬度が高い打撃型の剣、ストロングソードだ。

 斬撃系で斬る方と悩んだが、亀が斬れないのが気になったため、叩き壊せるタイプを選んだのだ。


『負けないもん!と叩き割ってやる!の違い』

『どっちも可愛いのにケイちゃんの方が女子力高いの草』

『キヨカたんだって普段は女子力めっちゃ高いのにバトルだけ……』


 レオナもコメント欄と同じことを思い、後で弄ろうと心にメモをした。


「ここの邪獣はもう余裕を持って倒せるようになってきたね」


 邪獣を倒した時に貰える経験値がかなり減って来ているため、ここで戦ってもレベルを上げるのは難しい。そのため、落としたブルークリスタルは全て装備を整えるためのお金へと変換している。


 今回の狩りで稼いだお金でポトフの武器を更新すればパーティー全員最新装備にチェンジ完了だ。


 ちなみに、それならここでお金を溜めまくってより上位の装備を買えば良いのではという意見が地球側からあったが、高い装備を買おうとすると『まだあなたにはその装備は相応しくない』的なことを言われて購入できなかったりする。


――――――――


「ポトフちゃんの装備はホーリーロッド一択だよね」


 魔法をサポートする杖は、特定の属性を強化するものと魔力そのものを強化する物の2種類がある。特定の属性を強化する方が強くはあるが、それ以外の属性への効果が得られない。そのため複数の魔法を状況に応じて使いたい場合は魔力が上昇する杖、特定の属性魔法を強化したい場合はその属性の杖、などの使い分けを考える必要がある。


 ポトフの場合は聖属性魔法の効果を上昇させる効果のあるホーリーロッドが適している。


「デフォルトでも結構可愛いから、あんまり手を入れなくても大丈夫かな」


 杖の先端には透明な球体がはめ込まれていて、その中では大きな星の周りに小さな星がキラキラと漂っている。杖本体も清潔感のある真っ白な杖であり、ローブとおそろいのワンポイントを入れるだけで十分ポトフに似合う可愛らしい武器となる。


「すいませーん、この杖の加工をお願いしたいんですけど」

「はいはーい」


 この武器屋は女性の店員が経営しているからか、武器のデザインが割と女性向けな凝り方をしている。キヨカは彼女の腕を気に入っており、他の人の武器も全てこのお店で購入して加工してもらっていた。


「あら、キヨカさん。今度はポトフちゃんの分かしら」

「はい、お願いしますね」


 店員と加工内容について相談する。


「分かったわ。相変わらず良いセンスね」

「お姉さんが良いアドバイスくれるからですよ」

「うふふ、ありがと。そういえばキヨカちゃんは王都創立記念祭まで王都に居るの?」

「はい、せっかくなので見て周ろうかと思って」

「だったら是非王城に行ってみると良いわ」

「王城ですか?」

「普段は入れない場所も公開されているのよ」

「そんな場所在りましたっけ?」


 王城を散策した時に、特に通行禁止になっている場所は無かった覚えがある。


「普段は地下を封鎖してるのよ」

「地下ですか?」

「うん。昔の人があの城を建てた時に最初に作ったのが地下通路なの。王様に住んでもらいたいけど孤島だから何かあったら逃げ場が無くて大変じゃない。だからまずは逃げ道を確保してから上に王城を建てたのよ。普段は迷って入っちゃうと危ないから封鎖してるんだけど、お祭りの時は開放して当時の人々の想いを感じてもらえるようになってるわ。もちろん迷い込んでも大丈夫なように魔道具を設定してるから安心してね」

「はぇ~地下の脱出路ですか。でもそれ知られちゃってたら意味ないですよね」

「あはは、お城を作ってもらって喜んだ王様がつい公に自慢して漏らしちゃったのよ。可愛いでしょう」


 今ではここの王城が地下を通って外へ繋がっていることは世界中で知られている。


「お姉さんもやっぱりあの王城が好きですか?」

「そうね。私自身聞いた話でしか無いんだけど、王様のためにあんなに立派なお城をプレゼントしたご先祖様たちのことはやっぱり尊敬できるし、その想いを今までずっと引き継いでこれたってのは誇りに感じるわね。王城の清掃とか大人気な仕事なのよ」 


 王城のことを語る店員はとても嬉しそうな表情をしていた。あの王城は市民にとって心から大事な建物であるのだろう。


 そしてポトフの武器が完成し、手渡された時のこと。


「それじゃあキヨカちゃん『明後日からの』王都創立記念祭、楽しんでね」

 

 これまで誰一人詳細な日程を口にしなかった王都創立記念祭。

 王城で貰った紙にすら書いて無かった。


 その開幕日をキヨカは知ることとなる。




 フラグコンプリート


『第二章 王都騒乱』開幕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る