24. 【異】ボス戦(邪人イルバース) 前編

「邪人イルバース。一体何故こんなことを!素直に攻めて来れば良いじゃない!」


 邪人が強大な力を持つのであれば、このような搦手を使わなくても良いのではないか。

 キヨカはイルバースの回りくどいやり方が気になった。


「あははは、そんなことしたら君達に集団で抵抗されてやられちゃうじゃないか。それにね、そのやり方だと十分な恐怖・・・・・は集まらない・・・・・・

「十分な恐怖?」

「そうさ。君達の言う邪人とは世界に恐怖と絶望をもたらすもの。少しでも多くの苦痛を与えるために頑張って工夫したんだよ」

「何のためにそんなことを!」

「何のため?ふふふ、何のためだと思う?」


 邪人の目的は未だ嘗て明らかになっていないが、一つだけ噂されていることがある。

 セネールが恐怖を吹き飛ばすように気合を入れて答えを叫ぶ。


「貴様らの快楽のためだろうが!」

「ぶっぶー!不正解!正解は、あのお方を復活させるためでしたー!」

「あのお方だと……?」


 セネールには心当たりが無いが、領主は違う。


「まさか邪神!?」

「なぁんだ、知ってるんじゃないか」


 全ての邪なるモノの頂点に立つ存在。

 権力者の間ではまことしやかに存在が噂されていたが、実在するとは誰も思っていなかった。

 下手に国民を混乱させないためにも、邪神が存在する可能性は秘匿されていたのだ。 


「本当なら君達は既に糧になっているはずだったんだけど、予定が狂わされちゃったからね」


 これまで飄々としていたコウモリ男の雰囲気が一変し、体がゆらりと揺れて背中の羽がピンと伸びる。


「戦いは得意では無いんだけど、計画を邪魔してくれた君達をこのまま見逃すのも癪に障るからね」


 戦意を剥き出しにしたイルバースの闘気を受けて、セネールと領主が怯む。

 だが彼らをキヨカが叱咤激励する。


「邪人が相手だからって倒せないと決まったわけじゃない!ここで負けたら街のみんながまた別の形で襲われるだけだよ!」

「そ、その通りだ!やる前から諦めるわけにはいかないな」

「街の皆を守るため……そうか、そうだな!」


 どうにか戦う気力を取り戻せた。


 目の前に立ち塞がるのはクレイラの街で起こった一連の事件の黒幕。

 ここでこいつを倒さなければ、多くの笑顔が失われることになる。


 それは父との約束を破ることになる。



「明日を笑顔で迎えるために、クレイラの街と魔石の信頼を守り通す!」




――――――――




「来い!獣達よ!」


 イルバースの呼び声に答えて、3体の邪獣が出現する。


 ベノムコウモリ、シルクイモムシ、レッドスライム。


 手間のかかる敵ばかりだ。


「後、邪魔されると面倒だからね」


 イルバースが右手を振り上げると、僅かに大地が揺れる。


「一体何を!」

「なぁに、ちょいとばかりあそこの獣達の量を増やしただけさ。応援が来られるとまずいからね」


 異変を感じた騎士団が応援に来れないように、交易路付近の邪気から発生する邪獣の数を増やしたのだ。


「さぁ、始めようか」


 キヨカ達は武器を構える。


「運転手さんはクレイラの街まで逃げてください!」


 運転手は騎士団のメンバーではあるが非戦闘員だ。戦う力を持たない人を戦闘に巻き込むわけには行かない。


 これからクレイラの街まで走って帰ったとしても一日はかかる。

 応援が来る頃には戦いは終わっているだろう。

 だからだろうか、イルバースは逃走する運転手を攻撃することは無かった。


「まずは面倒な敵から片付けるよ。セネール、コウモリを倒して!」

「承知した。だがスライムはどうする?」

「それは後回し!」


 スライムは魔法以外の攻撃が効き辛いが厄介な攻撃をしてくるわけでは無い。まずは毒攻撃があるコウモリを撃破し、次に糸でスタンさせてくるイモムシ、最後にスライムの順だ。


「はぁっ!」


 セネールが先制して短い槍を突いてベノムコウモリを撃破する。

 続いて領主がイルバースに直接攻撃を仕掛ける。


「ふふっ、当たるかな?」


 領主はイルバースに向けて剣を振り下ろしたが、イルバースは短距離転移して躱す。


「なにあれっ!?」

「面倒なっ!」


 これでは攻撃を当てるだけでも大変だ。


「今度はこちらの番だよ」


 キヨカの行動前にイルバースが攻撃してくる。


「ふっ!」

「きゃあっ!」


 イルバースは手に持っていた三本のナイフをキヨカに向かって投げつける。盾で防ごうとするキヨカだが、一本が体を掠る。


「痛い……けどこれなら耐えられるっ!」


 イルバースの攻撃の威力は、廃鉱山内の邪獣と大して変わらない。


「とりあえず邪魔なイモムシは消えてねっと!」


 キヨカはイモムシに剣を叩きつけて消滅させる。

 その後ポトフは防御、スライムは領主に攻撃し、最初のターンが終了する。


「セネールはスライムをサンダーで倒して。私はあいつに攻撃してみる!」

「気をつけろよ!」


 スライムを撃破、領主は様子を見ていて動かない。

 今度はイルバースよりも先にキヨカが行動した。

 キヨカとイルバースの素早さは同等なのかもしれない。


「はあっ!」


 イルバースは短距離転移を何回も繰り返してキヨカを翻弄する。

 転移のタイミングを見極めて攻撃するが、惜しくも間に合わずに転移されて攻撃が外れてしまう。


「もうっ!」

「ふふふ、惜しかったじゃないか。今度はこういうのはどうかな?」


 イルバースの右手から炎が生み出され、ポトフに飛んで行く。


「ファイア」

「んっ!」

「ポトフちゃん!」

「大丈夫」


 これは先ほど偽魔石に向かって打ち出した魔法だろう。ポトフは防御していたため大したダメージはなっていない。


 しかし、それを伝えるはずのレオナは未だにキヨカを失うことに怯えて恐怖に打ち震えている。


「ポトフちゃん回復」

「いらないっ!」

「っじゃあセネールはサンダー!私はもう一回攻撃する!」


 セネールが指示通りにサンダーを放つと、イルバースに直撃する。


「よし!」


 どうやら魔法は避けることが出来ないようだ。

 転移しても雷が纏わりつくのが外れない。


「ぐうっ、やるじゃん」

「まだまだ行くよっ!」

「しまった!」


 攻撃の流れが向いているのか、今度のキヨカの攻撃はイルバースにヒットする。

 領主はヒールでポトフを回復してくれたため、まだ態勢には余裕がある。


「ふふふ、それならこれはどうかな!」


 再度呼び出される邪獣達。今度はベノムバットとレッドスライムのみ。


「……レッドスライムがめんどくさいっ!」


 レッドスライムを一撃で倒すにはセネールのサンダーが必要だ。

 だがそうすると素早さの早いベノムバットは誰かを攻撃してしまう。

 ベノムバットを先制でセネールに倒してもらうと、今度はレッドスライムを一撃で倒しきれない。


 キヨカは悩んだ結果、このターンで雑魚を一掃して次のターンでイルバースに攻勢をかけることにした。


「コウモリは私が倒すから、セネールはスライムをお願い!」

「わかった!」


 毒状態になることを覚悟した選択だが、攻撃を喰らったキヨカは運良く毒を回避。

 だがこのターン、イルバースがまた新たな行動をする。


「壁役としては申し分なかった。来い」


 四つの拳大の魔石が宙に出現する。


 そして次のターン。


「キヨカくん、凄い嫌な予感がするのだが」

「同感!」


 イルバースが生み出したというのなら、偽魔石に違いない。

 つまり爆発するということだ。


「(でも今なら壁の邪獣がいない。攻撃するチャンスでもある。どうしよう……)」


 レオナのサポートが無いキヨカは悩んだ。


「全員防御で!」

「分かった!(コクコク)」


 キヨカの判断は防御。

 結果的に正しい判断だった。


「喰らえっ!」


 イルバースは宙に浮いた偽魔石に魔力をこめるとキヨカ達の方に吹き飛ばす。


「きゃああああああっ」

「うおおおおおおおっ!」


 セネールに二つ、キヨカに一つ、領主に一つ直撃し、爆発を起こした。


 対象がランダムの爆発攻撃。

 防御時の一撃の威力はイルバースの通常攻撃よりやや高い。

 今回は対象が分散した上に防御していたため大きな被害は無かったが、防御せずに全弾被弾していたらHPは即消え去っていただろう。


「いったぁ……ポトフちゃん、セネールを回復して!セネールは…………防御、私は……ぼう……攻撃!」


 残りHPの感覚が分からないがゆえに、自信をもって指示が出来ない。レオナが正常であれば、判断が正しいのかどうか教えてくれるのだが。


 不安になりながらも辛うじて堪えているのは、イルバースの攻撃が強く無いからだ。

 しかし厄介なのは、イルバースに攻撃が当たりにくいこと。


 実はイルバースへの攻撃がヒットする確率は60%に設定されている。


 この60%という数字はとても厄介だ。


 数字上は半々よりやや当たりやすい、という値なのだがあくまでも数字。

 何万回と試行した時にこの値に収束するというだけであって、短い回数では三連続ミス、四連続ミスなど普通にありえるのだ。

 もちろん逆に何連続も当たることもあるが、それは最早運ゲーとも言えるレベルだ。


 これが80%くらいだったならば、ほぼ攻撃が当たるので確率を実感できるだろう。

 だが60%は違う。どうなるか分からないのだ。


 そしてその数値が分からない状況で中々攻撃が当たらないキヨカ達。

 実際は50%近く攻撃が当たっているのだが、悪い方の印象が強くなるのが人間の心理。

 冷静に回数を数えて分析する余裕などもちろんない。


 結果、イルバースにはほとんど・・・・攻撃が当たらないのだと錯覚しているのだ。


「またっ!?」

「今度は三体、処理するには時間がかかるな」


 イルバースは魔石を生み出すターンの最初に必ず壁となる邪獣を召喚する。その数はランダムで最大三体まで出現する。キヨカ達は一ターンに二体までしか雑魚を処理できない。そのため三体出現すると次のターンは魔石の攻撃と打ち漏らした一体の攻撃が同時に襲ってくる。


 当然、その一体を後々処理する手間もかかり、ただでさえ当たる確率の低い攻撃のチャンスが中々訪れない。


「ヒール!」

「ありがとう領主様!」


 領主はこれまでのポンコツ具合が鳴りを潜め、良いタイミングでヒールを使ってくれるためまだ回復手段に余裕はあるが、徐々に追い詰められている。


 スライムを攻撃するサンダー用のMPもかなり減って来た。MP回復薬もあるにはあるが、それすらも尽きたら時間をかけてスライムを物理ダメージで倒さなければならず、イルバースへの攻撃の手数が増やせない。


 そもそも必中であるサンダーは本来であればイルバースに使いたいのだ。

 だがそれでMPが切れたらスライムの処理が滞る。


「(今はまだ耐えてるけど、このままじゃダメ。負けちゃう!)」


 頭をフル回転させて考えるキヨカは、回復手段が尽きてやられる未来が見えてしまっていた。


「レオナちゃん!お願い!教えて!なにかっ……なにか良い方法はないっ!?レオナちゃん!」


 唯一自分達を助けられる可能性のあるレオナは、今だ口を閉ざしたままだった。

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