86.最奥の悪魔 前編

「確かにこりゃあ助けを求めるわ」

「ええ、とんでもないプレッシャー……」



 まだ相対したわけじゃない。それなのに、まるで本能に恐怖を植え付けるような、肌をビリビリと引くつかせる威圧感。間違いなくキマイラと同等かそれ以上、そんな怪物が、この奥にはいる。


 恐らくだがまだこちらに気付いた様子はない。ということは、向こうは無意識のうちにこれだけの威圧感を放っていることになる。どんな化物だよ。



「リーゼ、精霊魔術はいけそうか?」

「……ん、なんとか発動はできる」



 里の人間がこの扉の先へ進めなかったのも納得だ。本能がこの先はヤバイと伝えている。



「シルヴィア」

「大丈夫よ、問題ないわ」



 シルヴィアもやる気のようだ。とりあえずいけそうだな。



「流石に慎重に行くぞ。無茶してこの戦闘で倒す必要はない、無理そうならできるだけ情報を持ち帰って再挑戦すればいい」

「ええ、そうね」

「扉を開けるのは俺がやろう。もし向こうに気付かれていてもなんとかなるからな」



 この調子だと『死圧』は役に立ちそうにない。『死の狂乱デス・マッドネス』も中に軍勢でもいない限り無意味。戦闘中は『危機察知』を発動させっぱなしになるだろうな。



「いくぞ……!」

「ええ」「ん……!」



 巨大樹迷宮入り口の巨大な扉より重い、サイズはあれより小さいんだが。


 ゆっくりと扉を開けると、その先の光景は、巨大な広間。はるか高くにある天井は丸みを帯び、ガラスのように半透明になっているため上の景色が見渡せる。といっても、枝だらけの景色しか見えないけどな。


 そして広間の奥、階段の先の無駄に豪華な椅子に佇んでいるのは…



「……おう?まさか客か?」



 悪魔。ぱっと見の印象はこれだった。全身は黒く染まり、瞳は深紅。歪な翼を背中から生やし、驚くほど長く鋭利な爪が、指からこれでもかと主張している。



「なんだあいつ……?」

「……分からない」



 シルヴィアも見たことがないらしい。勿論里から提供された資料にも載っていなかったし、ここまでの道中で同じような存在に遭遇した覚えもない。



「うーん?人族が一人に妖精族、ダークエルフか?……それと、お前は?」



 一瞬この前の黒ゴブリンと似たような存在かとも思ったが、存在感が段違いだし、あいつはここまで言葉を流暢に話せていなかった。



「まぁいいや……とりあえず、客にはおもてなししてやらないとなぁ!!!」

「……来るぞ!!」



 俺達が警戒してその場から離れられずにいると、痺れを切らしたのか向こうから仕掛けてきた。『危機察知』が、今まで見せたことがないレベルで警告を伝えてくる。



「『暗黒式電磁砲ダークネス・ボルテッカー』!!」

「散れ!!」



 放たれたのは、漆黒の閃光。なんだか矛盾している気がするが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


 とんでもないスピードでこちらに襲い掛かる閃光だが、距離があったこともあり危なげなく躱す。着弾した扉はプスプスと煙を吐き、真っ黒に焦げて貫通している。あの重厚な扉を貫通する威力。この威圧感は虚勢ではなさそうだ。



「流石に和解、とはいかねぇか……」



 言葉が通じているならもしかしたら、と思ったんだけどな。あの様子じゃ無理みたいだ。



「行くわよ!!」

「おう!」

「ん!!」



 広間はとんでもなく広いため、ここからだとラル=フェスカの射程範囲外。俺もシルヴィアと共に悪魔の元へ接近する。リーゼも同様だ、ナイフを構えている様子はないからそこまで接近はしないだろうが。



「おう?やる気みてーだな……おっし、久々に動くとするかね」



 まるでどこか散歩に行くかのような軽い調子で、悪魔は椅子から立ち上がる。



「フンっ!」

「!?」



 悪魔が軽く手を振るうと、そこから突風が発生して俺達に襲い掛かってきた。



「どんな腕力してんだよ……!」



 何かスキルじゃない。何なら攻撃とも言えないような動作一つが、俺達の脅威になっている。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ハハッ、いいねぇ!!」



 最初に肉薄したシルヴィアが、その速度を維持したまま悪魔の脳天めがけて剣を奮う。だが悪魔はまるで子供を相手するかのように、その一撃を正確に見切り、片手で受け止める。



「噓でしょ!?」

「シルヴィア、一旦離脱しろ!」



 バシュン!!バシュン!!バシュン!!



「おお?なんだ!?」



 フェスカの引き金を引いて、悪魔の周りに光弾をばら撒く。連発したせいで威力はそこまでだが、目くらましになればそれでいい。



「大丈夫か!?」

「ええ……あいつ、やばいわ。想像以上よ」

「……」



 一旦離脱するか……?いや、その選択をするには情報を得ていなさすぎる。シルヴィアには負担をかけてしまうが、もう少し情報が欲しい。



 だがここで、俺達に異変が起こる。



「捕らえろ、牢樹ラプトル──え?」

「!?」



 俺の足元から突如として木の根が飛び出し、俺を捉えようと襲い掛かってきた。幸い『危機察知』が反応してくれたので何とか躱せたが……。



「リーゼ!?」

「なんで、どうして……」



 リーゼの瞳には困惑が映っている。演技には見えない、俺を害する気はなかったらしい。でも、だったらなぜ。



「ああ?仲間割れか?呑気なことだねぇ」

「ちっ……!!」



 今度は俺を標的にした悪魔が、俺にいくつもの風の刃を飛ばしてきた。『危機察知』を頼りに、紙一重で躱していく。



(あの悪魔が何かした様子はない。でもそれなら、本当に原因が分からない)



「吸い尽くせ、吸華ドレワー……!!」



 突然の出来事に気が動転したのか、まだ拘束も出来ていないのに吸華ドレワーを放つリーゼ。一応こちらに襲い掛かってくることも警戒したのだが、にょきにょきと地面から生えた茎が標的としたのは、



「──え?」



 発動者である、リーゼ自身だった。


 リーゼはあからさまに動揺し、その場から離れようとしない。



「避けろ!!リーゼ!!」

「リーゼ!?」



 茎はそのまま躊躇することなく、リーゼの体へと──

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