81.里長からの情報提供

「……戻ったか」

「おかえり」

「お帰りなさい」



 二人で家に戻ると、そこにはラルクウッド一家が食卓でお茶を啜っていた。どうやら俺達を待っていたらしい。



「眠る前に、あの魔獣についての情報提供をしておこうと思っての」

「ああなるほど、それはありがたいですね」



 今回の魔獣については俺もシルヴィアも知らないことが多すぎる。勿論それは里の人達も同様だと思うが、それでも現地の住人の情報というのは価値が大きい。



「まず、魔獣の外から話すが、これに関しては見てもらった通りじゃ。巨大な木の魔獣、これだけだとトレントの上位個体じゃが、そのサイズは規格外という言葉すら生温い。森全体を覆うサイズのトレントなんぞ聞いたことがない、まず間違いなく別種の魔獣だと思ってよいじゃろう」



 似たような話で先月の黒ゴブリンが思い浮かぶが、流石に今回とはスケールが違う。巨大化のレベルが違うし、何より、



「中に魔獣がいるトレントなんて、聞いたことがないですしね」

「そうじゃな。中には魔獣が蔓延っており、その様は迷宮だと言われても納得できるレベル。じゃが迷宮と違い、木を切り倒そうとすると、枝を伸ばして反撃してくる」

「あのサイズの枝が、ですか……」

「そうじゃ、あれはもう枝ではなく幹。それが叩きつけられてきては、私達は勿論、森が傷つけられることは必至。それが分かってから、外部から刺激を与えることは禁止しておる」



 やはり森との共存を意識してるんだな。できれば俺達も外からの攻略は試したかったが、それは最終手段にしておいた方が良さそうだ。



「中の魔獣についての情報は何かありますか?」

「詳しい情報についてはあとで資料を渡そう。共通点らしい共通点は無いが、強いて言えば群れを成す種族が多く中はごった返しておる」

「……結構危険な状況ですね」



 カミラの迷宮は出入口が転移盤という特殊な構造であったためなかったが、普通の迷宮だと増えすぎた魔獣が外へ這い出てきて、近隣の生態系を破壊するといったことは珍しくないらしい。


 巨大トレントの中がどういった状況なのかは実際に確かめてみないと分からないが、やはり早急に動かないといけないな。



「それと理由は分からんが、中に棲息する魔獣は別種であっても協力してこちらを襲ってくる。魔獣と魔獣を引き寄せて戦わせる、といった戦法は使えないと思った方がよいじゃろうな」

「下手すれば中の魔獣全てを相手しないといけないわけですか……スタミナ配分は考えないとな」



 特に俺は。普通の迷宮であれば、魔獣同士の生存競争は普通に起こる。やはりあの巨大樹は、迷宮とは違う何かなんだろう。



「今話せることはこのくらいじゃな」

「ありがとうございます、助かりました」

「それと物資についてじゃが、里から用意できるものであればすぐに手配する。何か希望はあるかの?」

「うーん……すぐには思いつきませんね」



 当初の予定では食糧をお願いする予定だったのだが、キーペのお陰で時間短縮することができたため、備蓄には余裕がある。



「次に人員についてじゃが、何か希望はあるか?我が里は前衛職が少ないが、その分後衛職は充実しておるぞ」

「ん?迷宮にですか?俺達二人で十分ですよ」

「そういうわけにはいかん。依頼という形とはいえ、これは我が里の問題なのじゃ。それを部外者に任せっきりでは、こちらとしても立つ瀬がない」

「うーん……」



 正直なところ、同行者はむしろいない方が助かるんだよな。シルヴィア以外の人間がいると、『死の狂乱デス・マッドネス』を筆頭とした職業を偽っていることがバレかねないいくつかのスキルが使用できなくなる。それは俺達のパーティーにとって大きな痛手だ、俺は実力の半分も出せなくなると言っていい。


 とはいえ、向こうの言い分も理解できないわけではない。自給自足を実現しているこの場所では、他人の力を借りることはあまり好ましいことだと思われていないのだろう。そのこだわりを、今回ばかりは捨てて欲しい所だが、



「じゃ、私が行くよ」

「……リーゼ?」

「私なら、二人の実力にも付いて行けるはず。というか、二人が本気を出したら里の人間でお荷物にならないのは、多分私くらいじゃないかな」



 俺達が渋っているのを里の人達の実力を不安視していると思われたのか、リーゼが名乗りをあげた。ダークエルフの人々の実力が分からないのも事実だが、そこじゃないんだ、リーゼ。



 そう思っていたんだが、



「……エイム、耳貸して」

「ん?なんだ?」



 突然の要求だが、断る理由もないので耳を近づける。



「───」

「!?……なるほどな」

「エイム、どうしたの?」

「……シルヴィア、リーゼを連れて行こう。多分問題はないと思う」

「え?……ええ、分かったわ」



 疑問だらけのはずのシルヴィアは、何かを察したのか俺の提案に口を挟むことなく承諾してくれた。



「というわけで、同行者はリーゼをお願いできますか?」

「それは構わんが、たった一人で良いのか?人数は多い方がよいと思うが…」

「いえ、大所帯になってしまっては統制が崩れます。連携の確認なんてしている暇はなさそうですし、里の警備を薄くする必要はないかと」

「……そういうことならそれで行こう。リーゼよ、帰って来たばかりですまんが、頼んだぞ」

「ん、任せて」

「お二人とも、どうかよろしくお願いします。この森に、光を取り戻してください」

「ええ、必ず」



 巨大樹の深部にいる存在を倒せたとして、森に再び日の光が差し込む保証はない。だがそれでも、何かしらの進展はあるはずだ。俺達の役目は、終わらない暗闇の日々に新たな風を吹き込むこと。頑張らないとな。



 ……その前に、確かめないといけないこともできたが。

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