59.通り名

「換金をお願いします」

「はい、承りま……またあなたですか」



 時は進み夕方、一仕事終えたので軍本部に戻ってきた。持ち帰ったのは、昨日と同じく大量に証明部位を詰め込んだリュックサック。よくよく考えると、大量の右耳を一つのカバンに詰め込むのって大分猟奇的だよな。



「はぁ……その様子だとまたとんでもない量を討伐してきたようですね。ではこちらへお願いします」

「分かりました」



 この人には悪いが、また昨日みたいなリアクションをされても面倒なので同じ人の所に並ばせてもらった。二回目なら多少はスムーズに進めてくれるだろうしな。



「今回は一人での任務遂行だったのですよね?」

「ええ」

「昨日と討伐数に変わりがないというか、むしろ増えている気がするんですけど」

「流石にそれはないんじゃないですかね、ちょくちょくサイズの大きい個体もいてリュックがパンパンになるのも早かったので」

「……」



 報告通り、通常より巨大な個体も多く確認した。中には俺と大差ないサイズまで成長した個体もいて、流石にあのサイズのゴブリンが緑色の肌を見せ、裸で歩き回ってるのは精神的にきつい光景だったな。


 強化された個体は通常とは違うスキルを駆使してくる個体もいるらしいが、そっちに関しては確認できてない。



「あれ、そういえば……」

「どうなされたんですか?」

「いや、ゴブリンの本来持ってるスキルってなんだろうなって」



 ゴブリンだって魔獣。何かしらスキルを持っているはずだが、それを使われた記憶は一度もない。まさかスキルを持ってないなんてことはないだろうが…



「ああ、それでしたら『環境適応』です。どんな場所でもすばやく適応し、生息圏を広げるためのスキルですね」

「へぇ」

「このスキルのせいで、ゴブリンの生息圏はどんどん広がるため、一旦増殖が始まると止められなくなってしまいます。繁殖力を強化するようスキルを持った個体が生まれたらもう最悪ですね」

「今回のようなケースが、それに該当するわけですか」

「はい。おそらく巨大ゴブリン本体か取り巻きのゴブリンが、そういったスキルを所持しているものと思われます。もし取り巻きにいる場合は討伐すれば収まりますが、巨大ゴブリンが所持していた場合はどうしようもありません」

「……かなり危険視されているんですね」



 確かに脅威は脅威なんだろうが、あくまでベースはゴブリン。楽観視する奴もいると思うんだが。



「当然です。”疾風の戦乙女”や”金の聖戦士”が退却を余儀なくされるような相手ですからね、ゴブリンとはいえ油断はできません」

「……何ですか?その隠語みたいなやつ」

「ご存じなかったのですか?軍での通り名のようなものですね、”疾風の戦乙女”はシルヴィア・アイゼンハイド氏、”金の聖戦士”はサイス・ケルオーダ氏に付けられた通り名です。……まぁ、前者に関しては別の通り名が流布してしまっていますが」

「……なるほど」



 恐らく”和人殺し”のことを言っているのだろう。むしろ俺はそっちしか知らなかったわけだし、周りの人間の反応をみてもそっちの方が知られてしまっているんだと思う。



「そっちはご存じだったのですね。知ってパーティーを解消されたのですか?」

「いえ、それは組む前にシルヴィアから聞いていましたし、パーティー解消も一時的なものです。帰る家は同じですしね」

「おや、若い男女が同じ屋根の下、ですか?」

「なんか含みのある表現ですね」



 アルスエイデン出身の人間はみんなこんな感じなんだろうか、思考が中高生くらいで止まっている気がする。



「はい、集計が完了しました。合計討伐数413匹、うち強化個体は86匹になります……かなり街から離れましたね?」

「……なぜ?」

「いくら強化個体が増加傾向にあるとはいえ、この割合は異常です。よほど巨大ゴブリンの方へと近づかなければ、これだけの強化個体に遭遇することはありません」



 受付嬢の目にはどこか責めるような感情が浮かんでいる。



「そうですね、巨大ゴブリンの方向かどうかは知りませんでしたけど、街から離れた場所で戦闘していました」

「テンザキさんの実力は信用していますが、強化個体の実力はスキルによって大きく変動します。単独だと対処できないような場面に遭遇する可能性だってあるんですよ?」

「それは承知の上です。自分のスタイルの場合、そもそもスキルを発動させる余裕なんて与えません。それに……誤って他人を巻き込んでもいけませんからね、なるべく人のいない所で戦いたかったんですよ」



 後半は口にすべきか迷ったが、まぁ別に恐がられても仕事はしてくれるだろうからいいだろ。


 それとこちらは口にしなかったが、なるべく人の目がない場所で戦いたかったというのも理由の一つだ。自分の手の内を誰かに見られるのはなるべく避けたいし、もしが襲ってきたときも秘密裏に処理できる。



「どんなスキルを持っているんですか……」

「そこは職業秘密です」

「……まぁいいでしょう。こちらが報酬になります。明日も同じ依頼をお受けになりますか?」

「はい、そのつもりです」

「でしたら明日からは受諾しに本部へ来る必要はありません。報告時にゴブリン掃討依頼と伝えていただければ、そこから換金作業に入らせて頂きます」

「本当ですか?助かります」



 毎日同じ任務を受けに行くのは面倒だと思ってたんだよな、シルヴィアの家からここまでは結構距離があるし。


 今日の報酬でもうちょっと大きい鞄でも購入するか?と一人考えながら、俺は徐々に自宅と認識しつつある家へと、その足を向けた。



 ちなみに、シルヴィアに討伐数を報告した際に滅茶苦茶驚かれたりもしたが、それはまた別のお話。

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