46.模擬戦

「ではこれより、マーティン軍・入隊試験を開始する!」



 周りの受験者の気迫がすごい。シルヴィアによればほとんどの受験者は再受験らしいし、今度こそは!なんて思っているのかもしれない。


 試験官の男は、名簿らしきものを見ながら何やら考え込んでいる。多分俺達受験者の名簿だろう。



「ふむ……。どうやら初参加の者もいるらしいし、一から説明するぞ。試験は大きく分けて二段階だ。二つ目の試験についての内容は決められているが、一つ目の試験に関しては俺達試験官の個人的な裁量に任せられている。これは、再受験者が有利になりすぎないようにするための配慮だ」



 なるほどな。試験内容が毎回同じならそれに合わせた対策も可能になるし、それを防ぐための策ってわけか。



「今回は……そうだな。丁度三十人いるし、まずは一対一の対戦形式で数を絞るとしよう、組み合わせはこちらで決める。中には後衛職もいるだろうが、軍で働くのならばある程度の戦闘力は必要になってくる。その辺は理解してくれ」



 ……これは中々厳しいことになってきたな。



「勝敗はこちらが判断する。軽傷ならこちらで治療できるが、なるべく寸止めを心がけるように。組み合わせはこの名簿からこちらで決めよう。何か質問のあるものは?」



 俺は真っ先に挙手する。



「なんだ?」

「武器の貸し出しは可能ですか?」

「だめだ、自分の武器を用意できないようでは話にならん」

「……了解です」



 どうしよう、流石に模擬戦で銃を抜くわけにはいかない。当たったら殺してしまうからな。となると今の俺の武器は、ガイさんに借金して購入した、ローブの裏に仕込んでいる小ナイフが数本だけ。解体用に使っていたナイフは劣化がひどく、もう使えないと専門の人に言われたのでその場で処分してきてしまった。



(ガイさんは余裕だと言っていたが、これは雲行きが怪しくなってきたな…)



「点呼は先ほど預かった番号で呼ばせてもらう、忘れたとは言わせんからな?まずは……1番と3番!両者は前に出てくれ!」



 俺の内心に募る不安をよそに、模擬戦は開始された。






♢ ♢ ♢






「次で最後だな、29番と30番!前へ!」



 ようやく俺の番が回ってきた。他の受験者の戦闘を見ていて分かったことは、試験官も鬼ではないのか、前衛職同士・後衛職同士など、ある程度職業を組み合わせに考慮しているらしいこと。そして……こういっちゃなんだが、受験者のレベルはあまり高くないということ。


 前衛職同士の戦闘はともかく、それ以外は模擬戦とも呼べない様子だった。あのレベルなら軍が簡単に合格させないのにも納得できる。あれだとゴブリンの相手がギリと言った所だろう。



 俺の相手は…全身を黒ローブで覆っているため、顔はおろか性別すらも判断できない。俺も人のことは言えないけど。だが俺と組まれるということは、おそらく相手も後衛職。近接戦闘は得意ではないだろう。それなら俺にも希望はある。



「両者準備はいいな?──はじめ!」



 試験官の合図と同時に、俺は前方へと突っ込む。相手が後衛職で俺の銃が使えない状況なら、いっそのこと強引にでも近接戦に……。



「「──は?」」



 俺の声と、対戦相手の声が、重なる。どうやら同じことを考えていたらしく、手にはサバイバルナイフが握られている。



「ちっ!」



 相手の近接戦闘は付け焼刃ではない。むしろ先ほど観戦していた前衛職よりもレベルが高い。巧み繰り出される連撃を、紙一重で躱す。



(これは、出し惜しみしてる状況じゃないな…!)



 予め発動していた『危機察知』を解除し、『死圧』に切り替える。



「!!」



 『死圧』に反応した相手は、一瞬ビクリと体を震わせる。その隙を見逃さずに、今度は俺がナイフで反撃をけしかける。


 だが俺のナイフ術は、はっきり言って相手とは比べ物にならない。ナイフの質もそうだが、俺が対人戦の読み合いになれていないせいだ。俺も必死で応戦するが、『死圧』込みでも実力は互角。



「強いね、君」

「あんたほどじゃないがな……!」



 話しかけられて気付いたが、どうやら相手は女性だったらしい。受験者の中にいないわけではなかったが、目の前の相手を入れてもその数は三名、全体の一割だ。



「──凍れ、氷弾フロス

「うお!?」



 一旦下がったかと思うと、突然空中に拳大の氷塊を生み出し、それをこちらに飛ばして来た。まさかの【魔術師マジシャン】系統か……!突然のことに驚きはしたが、その速度は銃弾に比べれば随分と遅い。距離が離れていたこともあって、危なげなく躱すことができた。



「……あれ、当たったら軽傷じゃ済まないだろ」

「うん、着弾したらその場所から凍り付くし」



 想像以上に恐ろしいものだったらしい。



「そんなものを模擬戦で使うなよ」

「君が強いのが悪い、最初の一撃で決めるつもりだったのに」

「それはちょっと舐め過ぎ、だ!」



 会話を断ち切り、近接での攻防を再開する。先ほどの氷塊を至近距離で使われたら流石に躱せないので、再び『危機察知』を発動させる。勿論『死圧』が無くなった影響で近接戦闘が不利になるが、こればかりは仕方ない。



(……だめだ、これだとジリ貧になる)



 ラルを抜くか……?わざと外すことは簡単だが、もし当たってしまったら、



「──そこまで!!」



 俺の内心の葛藤は、突然の試合終了の合図によって中断させられた。

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