求婚拒否


「つ、つかれた……」


 アンナはぐったりとベッドに倒れ込んだ。

 神様ボーナスの解約(?)が出来て喜んだのもつかの間、神様が置き土産をしていった男性陣がここぞとばかりに列を成して求婚してきたのだ。


 本当はその場から逃げ出したかったのだが、神様が去り際に彼らはアンナのことが好きだからここにいると言っていたので、さすがにちゃんと返事をしないと申し訳ないかなと思ったのだ。

 一人一人話を聞き、気持ちは有り難いが、結婚する意思はないことを伝えていった。お陰で、一人を除き皆納得して引き下がってくれたのだった。


『モテる女はつらいにゃー』


 クロの間延びした声が聞こえた。


 アンナは慌ててベッドをごろりと転がり、クロの姿を探すと、ベッドの下で伸びをしていた。


「クロ、もう会えないかと思ってた」


 クロは神様の使いだと言っていたから、神様との縁がなくなった以上、アンナの側にいる必要はない。だけど、ずっと側で話を聞いてくれたクロと急に離れると言うのも寂しいなと思っていたのだ。


 アンナがほっと息をつくと、クロは目をそらした。


『まぁ、神様ボーナスはなくにゃったけど、神様がムキになってやった後始末をしなきゃいけないにゃーと思って』

「やっぱり神様、ムキになってたのね……」

『神様も悪気があったわけじゃないのにゃ。むしろアンナのことを気に入ってたからこそ、やり過ぎちゃったにゃ』


 クロが尻尾をゆらゆらと所在なさげに揺らす。


「悪気がないのは私もちゃんと分かってるから。神様に会ったときにそれは伝えておいてね」

『分かったニャ』

「それで……クロはあとどれくらい一緒にいてくれるの?」


 怖々とアンナはたずねる。


『まだ当分一緒にいるニャ。神様からのボーナスがなくなったから、それでこの世界でのアンナのバランスが崩れないか、見守る必要があるニャ!』

「え、バランスが崩れるって何? そんな話は初耳なんだけど」

『当然ニャ。神様ボーナスが発動されていれば大丈夫だったから、話してニャいもん』

「ちょっと、詳しく!」


 ベッドから降りて、姿勢を低くしてクロに詰め寄った。


『アンナに残っていた前世の寿命は、どこかでちゃんと消費しないと魂のバランスが崩れてしまうニャ。だけど、単純に寿命を今世で足してしまうと、びっくりするくらい長生きしてしまうニャ』


 なるほど。

 仮に前世で80代まで生きるはずだったとしたら、約50年の寿命が残っていたことになる。そして、今世でもそこそこ生きる予定だったとしたら……。元気なお婆ちゃんになれていればまだ良いけれど、でも、一緒に生きてきた人達をみんな見送るってことだよね。えっ、想像だけでしんどいんですが。


「でも寿命が残っていることと、神様ボーナスは何の関連が?」

『寿命を対価に望みを叶えることで、調節をしてたんだニャ』


 寿命を対価に。だからか。あんなに軽い調子で、アンナの要望を取り入れようとしたのは。あのときは「神様って以外と軽いんだなぁ」くらいにしか思ってなかったけど。ちゃんと裏があったのだ。


「じゃあ、神様ボーナスを要らないって言っちゃったから、私は使い切れなかった寿命を今世で使うってこと?」

『んー、転生したときにもある程度寿命を使って、環境を整えているニャ。もし寿命が伸びたとしても、びっくりするほど長寿にはならニャいはず……だけど、まぁこればっかりは分からないニャ』


 クロがゆったりと首を振る。


「そっか。未知数なのね。いいじゃない。それでこそ、生きるってことでしょ」


 受けて立とうじゃないか。

 それこそ、本当は明日にでも魔物に襲われて死ぬ運命かもしれないし、お婆ちゃんになるまで生きるかもしれない。そんなの誰も分からないのが人生なのだから。


『アンナ、何だか強くなったニャ-』

「そりゃ、これだけいろいろあれば、心境も変わるわ。そう言う意味では、神様にもやっぱり感謝ね」

『ところでニャ。グラシムはすごかったニャ』


 良い感じで話が一段落したと思ったのに、クロが嫌なことを思い出させてきた。


「言わないでよ。せっかく忘れてたのに」


 そう、他の男性陣は引き下がってくれたのだが、グラシムだけは引かなかったのだ。それどころか、唯一、正式に婚約の申し出をしていると声高に詰め寄ってくる始末。

 おかげでキールが「なんで早く言わなかった」と驚愕してアンナに文句を言ってくるし、グラシムが煽るからそこから大喧嘩になってしまったのだ。


「大聖女様がいてくれて本当に良かった。剣を早々に取り上げて、結界を張って魔法を使えなくしてくれたから」


 剣や魔法を使っていたら、たぶんどちらかが死んでいたに違いない。それくらい、二人の気迫は凄まじかった。


『結果的に、ただの殴り合いの兄弟げんかだったニャ』


 そうなのだ。剣や魔法が使えないので、二人とも殴る蹴るという実にシンプルな肉体言語でやりあっていたのだ。同い年なだけに、体格もほぼ同じ。剣を使っていればきちんと鍛錬をしていた方が有利だっただろうが、それも使えないとなると、もはや消耗戦だ。気力が失せた方が負ける。


「二人とも、ずっと心の中にたまってたのね」


 始まりはアンナのことだった。よくある「私のために争わないで」的な展開だったのだ。まぁ、アンナとしてはそんな自分に酔った台詞は恥ずかしくて言えなかったけど。


 だけど、二人は生まれたときからまわりの大人達の思惑も重なり、微妙な関係性の中で過ごしてきた。仲が悪くて、でも、キールは事を荒立てたくなくて一歩引く態度を貫いてきた。だからキールは言いたいことも言えずに、グラシムから一方的に言われ続けていた。

 逆を言えば、グラシムの方はいくらキールに言っても反応がない。だから余計にムキになって嫌がらせをしてしまう。

 そんな悪循環が二人の間にはあったのだ。


 だから、殴り合いの兄弟喧嘩は、次第にただの悪口の言い合いになり、なんだか訳が分からないまま体力が尽きて終わったのだった。





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