謎のイケメンの正体

 突如現われたイケメン。

 細身の長身で、シャツに黒いパンツと至って質素な格好なのに、異様にキラキラしいのは何故だろうか。

 長い白銀の髪を右の肩に流し、左側は首筋がよく見える。なんというか、男の人なのに色っぽさまで漂っている。


 こんな人は知らないはずだ。だけど、はっきりとアンナの名前を呼んだ。


「あ、あの、どなたでしょう?」


『にゃにゃ! 顔出すだなんて聞いてないにゃ!!』


 クロの声がする。どこからだと声の聞こえる方を探すと、現われた謎イケメンの足下で、クロが衣服を噛んで引っ張っているではないか。


 え……まさか、神様……嘘でしょ?!


「本物、なの?」


 アンナの口から問いがこぼれる。


「ふふふ、本物だよ、アンナちゃん。ただ僕もちゃんと実体で来ているから、ここでの名前を考えたんだ。僕のことは『シロ』って呼んでよ」


 お茶目なテンションでウインクまで繰り出してくる。


 思わず口を開けたまま固まってしまった。

 ええと、謎イケメンが神様なことが信じられないのに、普通に認めるし、普通に喋るし、普通に名乗るしで、なんか感情が迷子だ。


 神様、もといシロの足下のクロを見る。

 アンナが『クロ』を呼んでいるから、それとセット売りかのように『シロ』なのだろうか。神様、ちょっと適当すぎない??


「あんた何者だよ。アンナに馴れ馴れしくするな」


 キールが我に返ったのか、アンナを隠すように前に来た。

 その守ります的な行動に、アンナの心は再びキュンとうずく。


「キールくんよりも、僕の方がアンナちゃんと先に会ってるんだよ。慣れ慣れしくするに決まってるじゃないか」


 神様(シロ)がキールに飄々とした態度で言い返す。


「あんた、校長が言ってたアンナにまとわりついてる呪いの原因か?」


 え、呪われてるの?とアンナは目を見開く。


「僕の好意が呪いだなんて、その校長先生とやらは酷いこと言うなぁ」


 神様の好意、つまり神様ボーナスのことを言ってる? なんで、キールがそのことを知っているのだろうか。


 混乱が収まらずにあたふたしていると、背後が騒がしくなってきた。何やらたくさんの人が歩いているような音が近づいてくる。


「アンナ、お前を迎えに来た!」

「いえ、わたくしが先ですよ。いくら王子殿下とはいえ、抜け駆けは許されません」

「何を言っている。我が先だった。そなた達こそが立ち去れ」

「えー、君たちこそ僕の邪魔しないでよ」

「うるせえぞ! アンナ嬢をもらうのは俺だ」


 な、なんなんだ?!


 わらわらと現われたのは、グラシム殿下を筆頭に、アンナにはどこか見覚えのある人達ばかりだった。

 グラシムの後ろには同じ学校のトニー、それに子爵家のアルバートに王立図書館の館長、商人の若旦那に隣国の騎士団長と副団長、公爵家のエリート医師と続き、他にもたくさんいるが挙げ句は隣国の王弟殿下だ。


「アンナちゃん、君のことを気に入っているイケメンがこんなにもいるんだよ。さっさと一人に絞るんじゃ無くて、彼らも加味して選んで欲しいなぁ」


 神様が満面の笑みで宣う。


 キールを選ぼうとしたら、今までのトラップ人員を総動員してきた。

 つ、つまり、神様は自分が用意したイケメンじゃない人を選ぼうとしたから、邪魔しに来たってこと??

 嘘だと言って。神様、我が儘すぎるでしょーが!


 アンナは、じりっと後ずさりする。だが、トラップ人員達も同じだけじりじりとアンナを囲むように近づいてくる。


 一人一人はイケメンで、スペックも高くて、富も名誉も持っているかもしれない。だけど、これだけ大人数となると、もはや恐怖でしかない。


 本来だったら嬉しいのかもしれ…………嬉しいわけないだろ。こんなのホラーだ。クロが言うには、アンナと出会って以降の行動は、本人達の気持ちだと言っていたが、だとしてもだ。これは無い。


 一人の女性に寄ってたかって、大勢の男性が求めてくるなど、怖くてたまらないに決まっているだろうが。ただの地獄絵図だ。

 やっぱり男なんて嫌だ、自分の気持ちばかり押しつけて、自分勝手だ。

 やだ、こわい、誰かたすけてよ……。


「逃げるぞ!」


 恐怖に固まっていた体が、ふわっと浮いた。


「え、キール殿下?」


 目の前にはキール殿下の顔が。

 アンナはキール殿下に横抱きに持ちあげられていた。


「嫌なんだろ?」

「は、はい」

「んじゃ、俺に捕まってろ」


 顔を上げてしまったキール殿下の表情は、アンナの位置からはよく見えない。でも、こんなにも頼もしく思えたことはなかった。


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