揺れる気持ち

「キール殿下、その……」


 重苦しい空気を変えようと口を開くも、何を言ったら良いのか分からず中途半端に止まってしまう。

 その間、キールはひらすら無言で、眉間のしわも刻みっぱなしだ。


 どれだけ沈黙が続いただろうか。やっとキールがこちらを見た。


「アンナ、何か聞いたのか。大聖女からか?」


 どうやらキールも、他国の婚約話に思い至ったようだ。

 でも、違うのだ。それだけが理由なんかじゃない。アンナの気持ちもちゃんと加味して、求婚したのだ。それなのに、少しも喜んでくれないなんて!

 アンナはこれまでの己の行いを棚に上げて、キールに対してふてくされた気持ちを膨らます。


「もしそうならどうだというのです。キール殿下は、私との婚約はお嫌なのですか」

「うぐっ…………嫌じゃ無いけど嫌だ!」


 キール殿下は歯を食いしばり、手を力ませてぷるぷるさせている。

 めちゃくちゃ葛藤してます、といった様子だ。


 はた、と。

 もしかして、やせ我慢しているのかと思い至る。


「キール殿下、本音は?」

「な、なにが?!」


 声がでかい。動揺丸出しでは無いか。

 でも、その姿を見て、ふてくされていた心が、元に戻っていく。

 キールの気持ちは変わっていないんだ。だけど、アンナのこれまでを隣で見て来て、ここで婚約に飛びついたらダメだと自重してくれているらしい。


「私は、ちゃんと自分で考えて、婚約を申し出ております。殿下もお心のままに、返事をしてくだされば良いのですよ」

「で、でも……アンナは聖女になりたいんだろ。だから俺の求婚を断ったばかりだ。それなのに急に婚約して欲しいだなんて何かあるに決まってる」


 アンナのことを考えてくれた上で、こんなにも葛藤しているのだ。

 キュンとしてしまう、これはするよね!と、心の中で叫ぶ。


 まぁ、心の中で叫ぶので、届くのも自分になるのだが。


 でも、このままではらちがあかないのも事実だ。


「キール殿下が想像しているように、何かはあります。でも、それを取り払っても、この決断で私は後悔しませんわ」

「アンナ……俺は…………くっ、やはりダメだ! 俺はアンナの足枷になりたくない」


 キールは顔を背け、肩をふるわせている。


「あーあ、泣きながら断るくらいなら、意地張らずに婚約受ければ良いのに」


 突如、第三者の呆れた様子を滲ませた声が響いた。

 驚いて振り向くと、木にもたれながら大聖女様がこちらを見ているではないか。


「な、泣いてなどない! ちょっと、目にごみが入っただけだ」


 目元を拭いながらキールが叫んだ。


 え、うそ。本当に泣いてたの? 可愛すぎない?

 どうしよう、キールが可愛すぎてつらい。


 アンナの中の限界オタクのような人格が激しく荒ぶる。


「アンナ嬢。本日の午後、君に会いたいって人がここへ来るそうだ」


 大聖女は『誰が』来るのかは言わない。でも、あえて言わないのだから、誰が来るのかは想像がつく。


 時間が無い。グラシムの婚約話を知ってからでは、余計にややこしくなる。ここでキールの了承を得ないと。

 

「キール殿下。もしもの話です。もし、私がキール殿下以外と結婚をしたら、おそらく聖女の仕事をいずれ出来ると思います。ですが、キール殿下と結婚をしたら、聖女の仕事は諦めないといけないと思っています。この意味は分かりますか?」

「えっ……ワカラナイ」


 キールはもはや混乱の極みなのか、片言で返事がきた。


「キール殿下のことは、私を裏切ることはないと信じられるからです。ですが、他の方はきっと私を裏切る。婚姻を続けて行くことは出来なくなります。そしたら、働かなくてはなりません。であれば、夢である聖女という職業を選びますわ」


 アンナなりの、熱烈な告白だ。

 前世で男はこりごりだと、男性不信に陥っているアンナが、キールだけは信じられると思ったのだ。それは、とてつもないことなのだから。


「俺は確かに、アンナを裏切るなどあり得ないが……ならば、どうして。あれほど聖女になりたいと願っていたのに」


 ……え、伝わってない?

 キール殿下の朴念仁め!!


「ですから、私はこう言いたいのです。アンナ・ベルニエは、キール殿下を――――」


 ハッキリ言わねば伝わらないと、意を決して口を開いた瞬間、突風が吹いた。

 あまりに風が強いので、木々の葉が擦れてアンナの声を消す。


「アンナちゃん、まだそれは言っちゃダメだよ」


 え、誰?


 この世のものとは思えないほど、神々しいイケメンがそこにはいた。

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