【間章】クロの定期報告

【クロside】



「にゃ! 神様、大ニュースにゃー」


 真っ白な空間に、クロの喜色にまみれた声が響く。


「もしや、アンナちゃんがついに恋に落ちたか?」


 これまた期待感に彩られた声が空間に響いた。


「まだ抗ってるにゃ! でも、ちょっと可能性のありそうな奴が現れたにゃ」


「誰だろー。あ、まだ言っちゃダメだからね。僕が当てるから」


 んーっと、考え込むような声がする。


「わかったにゃ。でも、あんまり時間が経つと、夢からさめちゃうにゃ」


 クロの耳がそわそわと動いた。

 この空間は、以前アンナが来て、神様やクロと会話した場所だ。アンナの意識が夢の中に沈んでいるとき、クロはアンナと神様で結ばれた契約(神様ボーナスのこと)の絆を利用して神様とコンタクトを取っている。


「とりあえず手当たり次第、イケメンで金持ちの男をアンナちゃんの周りに投入させてるから。でも、最近忙しくてさ、僕あんまりアンナちゃんの生活を見れてないんだよね。早くアンナちゃんをのんびり観察してた生活に戻りたーい。アンナちゃんて生き方不器用で面白い、ホント見てて飽きないんだよね」


「どーりで、にゃんか節操なしに男共がアンナに言い寄ってくると思ったにゃ。神様、それダメにゃ。お陰で、アンナの男性不信が深刻化しかけたにゃ」


「嘘! それは失態だったなぁ。でも、そんな中でも、ちょっと可能性のある奴がいたってことだよね」


「そうだにゃ」


「んーと、子爵家のアルバート?」


「違うにゃ。イケメン過ぎて速攻、アンナは逃げたにゃ」


「じゃあ、王立図書館の若き館長?」


「あれも対象だったにゃ? 確かにアンナと話していたけれど、口説いているようには見えなかったにゃ」


「あぁ、彼はとても口上が回りくどいというか、古風だからね」


「アンナもオレも、まったく気付かなかったにゃ」


「なるほど。じゃあ、隣国の豪商の若旦那は?」


「あー街で馴れ馴れしくアンナの腰を抱いた不届き千万な奴にゃ」


「不届き千万……まあいいや。それじゃトニーは?」


「一番ありえないにゃ。アンナに無理矢理キスしようとした挙げ句、再度迫ってくるしつこい男だったにゃ。どいつもこいつも、アンナの鉄壁の猜疑心を打ち破る男達じゃなかったにゃ」


「……クロ、君は僕の味方だよね? ダメ出しばかりじゃなくて、アンナちゃんが恋をしたくなるように誘導してくれなくちゃ」


「もちろん、神様の使いだから、神様の味方にゃ。でも、神様がボーナスを約束したのはお詫びのためにゃ。アンナが嫌がった時点で対象外にゃ」


「まあ、そうだね。君がアンナちゃんに対して過保護になる気持ちは分かる。そもそも僕達の、いや、君の失態で杏奈としての『生』を失ってしまったわけだからね」


 神様の言葉に、クロのしっぽがくたりと床にのびる。


「それは、本当に、反省してるにゃ」


「ごめんごめん。別に責めようと思って言ったわけじゃない。それより、誰かな? 他に最近、出会いのきっかけを作ったイケメンいたかな?」


「もう、答えていいかにゃ?」


「うん。降参だ」


「第二王子のキールにゃ」


「キール……え? ちょっと速攻調べるから10秒待って」


 そして10秒後、神様が笑い出した。


「信じられないや。真実は小説より奇なりっていうけど、僕が操作した出会いなんかより、よっぽどすごいや」


「んにゃ、神様、どういう意味にゃ?」


「実は、キールとの出会いは僕が斡旋したものじゃない。ただ、トニーを斡旋したことによって、少し人間関係の糸が違う方向に絡んだ。それに引っ張られて、アンナちゃんの前にキールが登場したんだ」


「つまり、本来はキールと出会う予定ではなかったにゃ?」


「そう、とても興味深いね。でも、神さえも関わらないこの出会いこそ、運命っぽくない?」


 とても楽しそうな声に、クロはちょっとだけげんなりする。


「神様。面白がってるけど、それ大丈夫にゃ? 神様の人選センスが最悪ってことになると思うけどにゃ」


 クロの指摘に、神様の声が一瞬沈黙した。つまり、痛いところを突かれたのだろう。


「……ごほん。クロは今まで通り、アンナちゃんをサポートしつつ見守っててよ。前世で人生を奪ってしまった分、アンナちゃんには、恋をして、相手にも愛されて、幸せを感じて欲しいって思ってるから」


 クロも痛いところを突かれ、しっぽがピンと伸びた。


「そのことにゃんだけど……アンナは、結婚後に相手が浮気するって思い込んでるにゃ。もし神様ボーナスで結婚したら、そんな心配はしにゃくても良いのにゃ?」


「ん? それは分からないよ。僕が約束したのはイケメンとの【結婚】であって、【結婚生活】じゃないから。どう過ごしていくかは、自分たちの努力次第だ。それは、どの世界の、どの時代の、どの国の、どんな身分の夫婦も同じさ」


 神様はあっけらかんとした声で返してきた。


「つまり、アンナが浮気される可能性はある、ということにゃ?」


 逆に、クロの声は少し怯えている。


「ま、ハッキリ言うと、そういうことだね」


「ひ、ひどいにゃ!」


「はは、決まり切った人生なんて、面白くないだろう?」


 神様の愉快そうに笑う声が、空間に響き渡る。

 その時、だんだんとクロの体が透け始めた。


「にゃ、そろそろ夢から醒めそうにゃ」


「そうか、じゃあクロ、アンナちゃんのこと頼んだよ。保険で、あと数名手配しとくから」


「もういいにゃ、お腹いっぱいにゃ」


「大丈夫、今度はちゃんと人選するから。安心して」


「そう言ってても、神様は適当だから安心できないにゃー!」


 力一杯抗議した瞬間、クロの体は白い空間から消え去ったのだった。

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