第30章 移築作業

第246話 とある提案

 まもなく秋が終わって冬になる。

 1週間前にコーダちゃんが2頭、そして昨日セーナちゃんが1頭、子山羊を産んだ。

 コーダちゃんの子供は雄1頭雌1頭、セーナちゃんの子供は雌1頭だ。


 3頭とも生まれたばかりなのにとっても元気。その日のうちに立ち上がって乳を飲み始めた。

 世話はその分大変になったけれど、子山羊ちゃんは可愛いし世話担当のサリアちゃんやレウス君も、そしてセレスも楽しそう。


 勿論私やリディナも楽しいし、エルマくんはまた新たな被保護者が増えたななんて顔をしている。

 

 畑の方は今年分はほぼ一段落。つい先日、冬蒔き小麦と牧草の種を蒔いたから。

 残り2回、麦踏みをすれば畑の世話はほぼ終わりだ。


 新しい村やセドナ教会の畑も同じような状況。

 セドナ教会や村の畑の一部ではうちと同じように冬蒔き小麦を始めている。


 ただ一般の入植者の畑のうち、農業が上手く行っているのは全体の8割程度。

 春に比べて比率が上がったのは、ダメダメな住民の一部が入れ替わったから。

 夜逃げしたり犯罪行為をしたりして。


 それでも2割くらいはまだダメダメな状態。

 そしてこれからは来年初夏、最初の収穫時期まで蓄えで生活をしなければならない。

 つまり移住しても農業に失敗して、蓄えがない家は……


 私はサリアちゃんとレウス君を保護して以降、1日に1回は新しい村全体を偵察魔法で見回っている。

 栄養失調や飢餓状態になっている子供がいないか、確認する為に。


 他の場所、例えばカラバーラの街の方とかも気にはなる。他の開拓地も大丈夫だろうかと思う。

 しかし私が出来る範囲というのはそう広くない。日常の生活の傍らとなると、ここの新しい村の範囲が限度だ。


 子供を対象にしている理由は簡単。自力で救助を求める事が出来ない可能性が高いからだ。


 大人ならどうしても駄目ならセドナ教会の開拓団へ行けばいい。そのことはスリワラ領内の公設市場や港、市場の掲示板、更には街中の教会や領役所等でもわかるようにしてある。


 だから文字が読めなくとも、教会や領役所に相談に行きさえすればどうにかなるようになっている。まだまだ開拓団に人を受け入れる余裕がある事はサイナス司祭にも確認済みだ。


 しかし子供の場合はそうもいかない。

 無論子供でもセドナ教会の開拓団へ行けば保護はしてくれる。しかし親がそう決めない限り、普通は子供だけで開拓団に行くなんて事は無い。


 そもそもそういう子供は社会と切り離されている事が多い。親の手伝いをさせられたり、家に閉じ込められていたりして。


 同じくらいの子供とも付き合いがない事が多い。遊ぶ程の余裕が無いから。または、あの家の子と付き合わない方がいいと言われてしまっていたりするから。


 いや、面倒な理屈をこねるのはやめよう。

 私はそういった子供を見ると、かつての私自身と重ねて見てしまうのだ。だから何とかしたくなる。

 理由はきっとそれだけ。


 リディナとセレスも私が村全体を見回っている事を知っている。

 子供の様子を特に気にしている事も。


「見回るのは悪い事じゃないと思うしいいと思うよ。ただ親がいて最低限の生活が出来ているうちは手を出さないで。見ていて苦しくなっても」


「そうですね」


 私も2人の意見は正しいと思う。だから慢性的な飢餓状態なんてステータスが出ない限り手は出さない。

 見ているだけというのは正直辛い。でも仕方ない。


 あと、見回っていて他にも思うというか悩んでしまう事がある。


 子供時代というのは本来、勉強や遊びの為の時間。そう私は思っている。

 そういった時間の中で今後に役立つ知識の基本や他人との付き合い方、自分と違う考え方を知って学んで身につける事が必要だと思うから。


 しかしほとんどの家では子供を労働力として日中ずっと使っている。他の家の子と遊んだり話したりする時間もほとんどない。家の仕事をずっとやっているだけだ。会話も家族とだけで最小限。


 これでは家の仕事以外何もわからない人間に育ってしまう。そう思うのだ。


 無論この国の現実もわかっている。中小以下の農家は子供であろうと働かせないとやっていけない。


 でもわかっているという事と納得できるという事は同じでは無い。だから私は延々と悩み続ける訳だ。


 ただ、リディナやセレスをこういった答えの思い浮かばない問題で悩ませたくない。


 だから本当はこの悩みは私1人のものにしておくつもりだった。

 しかしつい我慢が出来なくて、夕食の後、サリアちゃんとレウス君が寝た後に言ってしまったのだ。


「余計なお節介だとはわかっている。でも家でも働くだけの子供達に、せめて文字の読み書きや四則演算、簡単な魔法を教えたりは出来ないだろうか」


「確かにそう出来ればいいですよね。読み書きや計算が出来れば将来に農家以外の道もひらけます。それに簡単な魔法でも使えれば生活がぐっと便利になると思うんです。


 ただ、実際には難しいと思います。農作業でも生活上の作業でも、子供を働き手と数えてしまうのが普通ですから」


 やはりそうか。

 でも少しだけ食い下がってみる。


「今のような農業が忙しくない時期だけでも無理?」


「難しいと思います。縄作りとか袋編み作業とかありますし。それに焚き木や薪、灰肥料用の枝を集めるのも冬です。雑草が少なくて山に入りやすいですから。集めたら当然、使えるような大きさに切る作業もありますし」


 なるほど、うちでは簡単に魔法でやってしまう作業でも、普通は手間暇かかってしまう訳だ。子供の手すら必要とするくらいに。

 それでも更に考えてみる。


「山羊ちゃん達を更に増やして、世話をしてくれる通いの子供を募集して、仕事の合間に勉強を教えるというのは?」


「多分駄目な大人もやってきて、何もかも無茶苦茶にしてしまうだけだと思うよ。駄目な人ほど楽して人にたかろうとするから」


 今度はリディナに駄目出しされてしまった。


 うーん、難しい。リディナがそう言うのなら、子供のアルバイト募集系は駄目だろう。

 何か他に手はないだろうか……


 リディナが少し考えるそぶりをした後、小さく頷いて口を開く。


「ならこんなのはどうかな?

 子供でないと早期に魔法を覚えるのは難しい。だから条件は12歳以下の子供であること。そういう名目で子供相手に魔法の勉強会を開くの。

 

 ただし実際は魔法だけでなく、読み書きも計算も教える。魔法の勉強には必要だから。確かに勉強するには文字を読めないと大変だよね。それにステータス閲覧は文字を読めないと難しいし。だからこれは嘘じゃない」


 なるほど、子供に限定する理由をつけて勉強会を開く訳か。そして表向きはあくまで魔法を学ぶ勉強会とすると。


 リディナの説明はまだ続く。


「募集はセドナ教会の開拓団の人と、あとは村の領役所支所の人にお願いすればいいと思うよ。私達で直接受け付けると無理を言う人が出てくるだろうから。


 場所は考えなきゃならないけれどね。領役所の出張所もセドナ教会の開拓地にもちょうどいい建物は無さそうだから。

 うちの農場内はなるべく使わない方がいいかな。問題がある大人を引き寄せないためにも。


 セドナ教会の開拓地か、公共スペースに新たな建物を建てるしかないかな。

 まあフミノならその気になればあっという間に建てられるだろうから、心配はしていないけれども」


 確かに私達が募集するよりその方がいいだろうなと思う。場所は……思いついた事があるけれど、これはもう少し考えてからにしておこう。


 そう思ったらセレスが口を開く。


「でも魔法を教えるだけでは、子供を集めるにはやや弱い気がします。

 魔法が使えなくても今まで通りの生活が出来る。なら家で働いて貰った方がいい。そう考える親が多いような気がしますから」


 リディナが頷く。


「確かにそうだよね。だからこの教室というか勉強会にはお昼ご飯を出す事にするの。そうすれば子供の分の1食が浮くでしょ。


 魔法が覚えられて1食浮くなら、それくらいの時間は仕事を休ませて子供を行かせてもいいかなと思えるじゃない。特に冬から春にかけて、蓄えを減らさなくて済むのは助かると思うよ。


 もちろんこのご飯は私達の持ち出しになっちゃう。他に紙代や筆記用具代もかかる。

 でもそれくらいは仕方ないかな。幸いうちは余裕があるし、100人分程度でも問題ないしね」


「確かにそれなら来るかもしれません。子供でも一食は結構大きいですから」


 リディナは頷いて、更に続ける。

 

「あと勉強会は毎日じゃなくて週1回程度。時間は朝10の鐘からお昼ご飯まで。そのくらいなら子供が仕事から抜けても大丈夫、そう思って貰えると思うから。


 ただ開拓地の子供の人数を考えると、全部の子供を対象にするなら週に2回必要かな。どの地区はこの日、という感じに分けて。1回あたりの人数が多すぎると教えるのが大変だし。


 こんな感じでどうかな? もちろんこれは私の考えだけれどね。どこかまずい点あるかな? 気がついたら教えて」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る