第243話 明日の予定

 事務所の長椅子で横になること1時間。

 連続起動した治療魔法と回復魔法のおかげで何とか歩ける状態にはなった。


「ありがとう。もう大丈夫」


「それにしても無茶するわね。何かあったの? カラバーラで農場をやっているって聞いているけれど」


 イオラさんがそう聞くのももっともだと思う。でも、何かあったかと言われると……


「木材が足りなくなったので買いに来た。それだけ」


「えっ?」


 驚かれて気づいた。ただ買い出しに来ただけではここまで疲れないのが普通だろうと。そんな訳で説明を追加。


「カラバーラを朝出た。急ぎすぎて疲れた」


「!」


 いつものタイミングで返答がこない。見るとイオラさん、何か驚いたというか表情が固まっている。

 ひょっとしてかなり異常な事を言ってしまっただろうか。


 でもまあ、確かに異常なのかもしれないなと思う。

 私だってまさか1日でここまで来る事が出来ると思わなかったし。


「他に何か、向こうでとんでもない事態でも起こったの?」


 イオラさん、妙にゆっくり何かを確かめるような口調で私に尋ねた。


「特にない。木材の在庫が少なくなったから買いに来た」


「本当にそれだけ?」


「そう」


 ふうっ、イオラさんがそんな感じで息をついたのが聞こえた。何と言うかほっとしたような表情だ。


「何と言うか、本当にそれだけの為にわざわざカラバーラから来たの?

 そんなに疲れるような魔法を使って」


「南で売っている木は柔らかくて頼りない。あと、折角だから魔法を使ってどれくらいの速さで移動できるか、試してみたかった」


「リディナさん達は?」


「今回は私1人。リディナやセレスは農場があるから」


「街門の守衛さんとかはもう大丈夫になったんだ」


「なんとか」


「状況はわかったわ」


 イオラさんはそう言ってうんうんという感じで頷いた。どうやら納得してくれたようだ。

 そう言えば肝心な事を聞いていなかった。ここで確認しておこう。


「ところで木材の在庫、大丈夫?」


 イオラさん、何故か苦笑のような表情を浮かべる。


「大丈夫よ。アコチェーノエンジュは成長が早いから年中伐採しているし。でも今日はそろそろ遅いし、見るのは明日にしたらどう?」


 確かにそうだな。窓の外は暗くなりかけている。


「そうする。河原に家を出していい?」


「此処の裏庭で大丈夫よ、空いているから」


「ありがとう」


 近い方が楽だ。歩ける状態にはなったけれど、筋肉痛は残っている。


「それにしても驚きだわ。まさかカラバーラから1日で来るなんて。早馬だって3日かかる距離なのに」


 そうなのか。そう思って思い出す。イオラさん、フェルマ伯爵家の人で、メレナムさんの妹だったなと。

 ならば縮地+の魔法、知っているだろうか。


「場所と場所を繋げて高速移動する魔法を使った。以前メレナムさんが似た魔法をミメイさんとゴーレムに使っていた」


「超高速連続移動魔法? あれを長時間連続起動するのって、相当魔力を使うと思うんだけれど」


 やはりイオラさん、縮地+を知っていたようだ。


「あれを起動しながら身体強化して全速力で走った。思った以上に速かったけれど疲れた」


 本当は最初にゴーレム車で出発したし、あの廃道からはゴーレムに乗って移動した。でも細かい説明は面倒なので省略。


「……確かにそうすれば速いだろうけれど、それじゃ体力か魔力が持たなくない?」


 確かにそうだった。私は頷く。


「途中で疲れて2時間くらい休んだ」


「私も前に似たような事を試してみたわ。サンデロント経由でローラッテまで行こうとしたの。途中で魔力の限界を感じて諦めたけれど」


 イオラさんもどうやら縮地+を使えるようだ。

 確かにメレナムさんが空属性の魔法使いなら、妹のイオラさんも同じく空属性の魔法使いであってもおかしくない。


 エールダリア教会時代には貴族は魔法を使える事が条件で、イオラさんも貴族の筈。そして当時の知識では魔法属性は遺伝するという事になっていたし。


「長距離を高速で移動するコツか何かあるのかしら」


 イオラさんの質問に今日の経験を思い出して考える。


「元々の走る速度が速ければ速いほど、魔法を使った時の速度も速くなる。あとは移動させるものが軽ければ軽いほど速い。


 だから身体強化をかけて全速で走りながら魔法を起動するととんでもなく速く移動できる。ただ体力が続かなかったから途中で休憩して、あとはゴーレム馬に乗った」


 うんうんとイオラさんは頷いた。


「移動させる物の重さと元々の走る速さが大事なのね。そこまでは気づかなかったわ。魔法の本にも載っていなかったし」


「ここへ移動するまでの間、条件を変えて試してみた」


「私にはそうやって色々試してみる好奇心と魔法の知識、魔力が足りなかったのね」


 イオラさんはまた頷いて、そして続ける。


「ところでフミノさんなら木材、丸太のままの方がいいのよね。なら明日案内するわ。あとどうせローラッテで金属も買っていくでしょ」


 そう言えばと気づく。今回は木材の事しか考えていなかった。でも確かにローラッテは鉄だけでなく金属全般が安い。

 縮地+を使えば大した距離ではないし、ここは買っておくべきだろう。


「そうする」


 そう言って、そして鉱山の事を思い出す。


「銅鉱山の方、どうなった?」


「順調よ。銅の精錬設備も出来たし、インゴットも製造しているわ。生産量は重量としては鉄の3割程度。でも金額にしたらもう鉄を追い抜いているわ」


「そこまで!?」


 思ったより遙かに順調なようだ。


「これもフミノさんのおかげよ。新しいゴーレムは使いやすいし、あの鉄輪を使った運搬方法が便利で速いから」


 順調なようで私も嬉しい。そしてそれならば。


「なら明日は鉄の他に銅も買っていく」


「その方がいいと思うわ。他より間違いなく安いから」

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