第147話 再会(1)

 知らない人相手には振り向くのも怖い。だから偵察魔法で確認する。


 私達と同じくらいの女の子だ。1人ではなくおそらく3人組。リディというのはリディナの愛称だろうか。

 うち1人が急速接近する。怖い。魔物なら土を出して壁にするが相手は人。だからとっさにすっと離れてしまう。


 その急接近した1人、小柄な少女がリディナに抱き着いた。


「ああやっぱりリディだリディ。この感触と匂いは間違いなくリディ。でも少し大きくなったかな胸が」


 何なんだこの事態は。私だけでなくセレスも目が点になっている。

 更にもう1人はうるうる目。

 

「リディ、いつラツィオに帰って来たの!」


 こっちはこっちでリディナに泣きついてきた。

 なお最初に抱き着いた方はそのまま。


「リディだリディだ!」


「もう心配していたんだから!」


 リディナは困ったような申し訳なさそうな表情。


 何となく状況は掴めた。おそらくこの3人はリディナの中等学校時代の友人なのだろう。


 しかしこの状態では事態が進展しない。誰かが整理なりなんなりしてくれないと。


 しかし私達3人の中で本来はその役割をするリディナは御覧の通りの状態。私は勿論そんなの無理で、セレスも訳がわからない状態。


 自然と私とセレスの視線は残ったもう1人を向いてしまう。

 彼女もリディナと同じような困ったような申し訳なさそうな表情のまま口を開いた。


「申し訳ありません。私達3人はリディナさんの中等学校での友人です。久しぶりなものでして、つい取り乱してしまったようです。

 イーリア、サアラ、落ち着いてくださいな。公道ですよここは」


「だってリディが」


「落ち着け!」


 声そのものはそれほど大きくない。しかし何か異様な迫力がある。さっきの台詞と同一人物と思えない。

 ぴたっと2人の動きと台詞が止まった。私まで一瞬だが固化。一言だけで恐怖耐性(3)オーバー寸前だ。


「あ、すみませんでした。私とした事がはしたない」


「怖いよねミリィは」


 最初に抱き着いていた女の子の台詞にぎらりと目を光らせる3人目の女の子。


「誰のせいだ」


 今度は少し迫力を抑えてくれたようだ。何とか耐えられた。少し震えてしまったけれど。

 どうやら最初に抱きついた小柄な女の子がイーリア、泣きついた子がサアラ、一見大人しそうで異様な迫力も出せる子がミリィのようだ。勿論ちゃんとした名前では無く愛称だろうけれど。


 リディナが苦笑を浮かべる。


「変わらないね、3人とも」


「学校はかなり変わりました。今は休校状態です。貴族の皆さんは大変動があったようで皆さん国元なり屋敷なりに戻っていらっしゃいます。

 寮に残っているのはそれ以外、平民の皆さんだけですわ」


 ミリィさんがそう説明する。何故学校が変わったのだろう。そう思ってすぐ気づく。そう言えば学校はエールダリア教会の管轄だった。


「皆さんには大変申し訳ありませんが、少しお時間いいでしょうか。久しぶりですので少しリディナさんとお話をしたいのです。この1年で少なからず積もる話もありますので」


 私は思わず頷いてしまう。この子ミリィさんは怖い。嫌な怖さではない気もするが怖いものは怖い。敵に回してはいけない。そう感覚が告げている。

 

 リディナが苦笑したまま続ける。


「ごめんフミノ、セレス。この先の公園でちょっと話をしたいんだけれどいい?」


「学校に帰ってくるんじゃないの?」


「おまいは少し黙れ」


 イーリアさんに飛ぶミリィさんの台詞。大丈夫。今のも耐えられた。


 ◇◇◇


 彼女達も同じ店でテイクアウトを買って、そして少し歩く。

 川沿いに程よく緑と散歩道を配した公園があった。


 ベンチではなく段になっている石組みに並んで腰かける。広いので間隔をとれるし背後は木々で人が通らないので私でも問題ない。


 今は買って来たピタパンのサンドイッチを食べながらリディナと3人がおしゃべり中。

 私とセレスは黙ってそれを端から聞いている形だ。


「それで学校の方はどう? 休校状態って聞いたけれど」


「もう酷いものよ。エールダリア教会の一件で教員もごそっといなくなって、教材として使われていた教会の本も不適切だってんで回収してそのままだし。

 一応研究所や役所から新しい教員候補は来たようなんだけれどね。今は教育内容や教材について検討中だって」


「剣技と護身術の授業だけは騎士団受け持ちでやっています。それが週に2回、2時間ずつ。あとは自習という名目の自由時間ですね」


「貴族の皆さんが大変そうかな。いい気味だという奴も多いけれど。教会の政治力でやっていたようなのは勿論、遥か昔の功績だけでやっていたようなのは軒並み減封や降爵みたい。侯爵級も含めて領地再配置が来年まで続きそうだって」


「教会が消えて国王派一強になりましたからね。この機会に大掃除をなさるつもりなのでしょう」


「うちの実家とか商人連中は概ね歓迎方向だけれどね。エルダリの連中は邪魔しかしなかったけれど、これで少しはまともになるだろうって」


 ミリィさんとサアラさんが交互に説明する。エールダリア教会の悪影響、予想以上に酷かったようだ。


「そう言えばリディ、今は冒険者だって言っていたよね。剣も得意だったしやっぱり剣士系?」


 サアラさんのそんな台詞が耳に入った。おっとリディナは剣も使えたのか。ここまで旅をしていたのに今まで知らなかった。


「剣は使っていないよ。重いし高いから。今は魔法使い。攻撃魔法は風属性しか使えないけれどね」


「ええっ!」


 イーリアさんの突然の大声に私、また固まる。いや悪い子では無いとは思うのだけれどこういうのは苦手だ。


「そう驚かない。誰でも魔法が使えるってのは知っているよね」


「そりゃ知っているよ。それがエールダリア教会を追い出した元だもん。でも一般に向けた魔法教育なんて何処でもやってないよ、まだ」


「あの件以前でも私達は魔法の授業受けられなかったしね。魔力が無いという事で」


「国の方も冒険者ギルドに情報の開示や講師派遣等をお願いしているようなのです。ですけれどギルドの方も人手が足りず、また体制も追いついていないようでして。中等学校で全員に対する魔法教育が行われるのはまだまだ先になりそうな情勢です」


 なるほど。国立の中等学校でそれなら一般への魔法教育なんてのもまだまだ先か。


 開拓団の村に大事典の翻訳を置いてきて正解だった。あのままではかなり後にならないとあの村まで魔法教育が届かないだろう。


 そう思った時だった。


「ねえリディ。良ければでいいけれど、どうすれば魔法を使えるか教えてくれない? 勿論駄目ならいいけれど。最小限でも教えて貰えたらあとは図書館で調べるなりなんなりするから」


 おっとサアラさん、そう来たか。

 リディナの友達なら教えてもいいだろう。そう判断したので大事典の翻訳を出してリディナに渡す。


「使うなら」


「いいの、フミノ」


「リディナの友達なら」


「ねえ何、それ?」


 さあ、後はリディナに任せよう。

 ただ魔法を教えるとなると少し時間がかかるかな。なら最低限の買い出しくらいやっておくか。


 リディナがいなくてもセレスがいれば買い物は問題ないだろう。セレスなら街の人に自然に場所を尋ねるなんて事も出来るし。


 この場所だけ忘れないようにしよう。そう思って、そしてついでにおまけを思いつく。

 どうせ勉強するなら紙に書いたりメモしたりなんて事も出来た方がいいよなと。


 それにまだ雨期だ。今は大丈夫だが雨が降りだす可能性もある。

 なら屋根付きの場所を提供した方がいいだろう。公園の横に公共の馬車止めスペースがある。此処を活用しよう。


「馬車止めにゴーレム車とバーボン君、紙とペンも出しておく。翻訳が濡れると悲しいから使って」


「いいの、フミノ」


「問題ない。こっちはセレスと買い物をしてくる。いい、セレス?」


「勿論です」


「ありがとう」


 さて、それでは魔法金属の買い出しをしよう。

 入手した量によってバーボン君を強化するか、それとも新たにライ君を作るかを考える事にする。  

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