第12章 急がない旅だから

第89話 冒険者にとっては……

 朝9の鐘の後、私達はアコチェーノの東門から街を出た。


「流石にもう此処アコチェーノには戻らないよね、当分は」

「私もそう思う。でも自信無い」

「いい街だったしね」


 そんな話をしながら歩く。なお今回は前回と違うルートだ。流石にもう一度デゾルバ男爵領を通る訳にはいかない。

 だから真っ直ぐ東へ向かいサンデロントで海岸沿いに出るつもりだ。


 この道はアコチェーノから出る街道の中では一番人が多い。それでも朝一番、6の鐘過ぎくらいに出る連中をやりすごせば他人を気にしなくてもいい位には人が減る。具体的には前後50腕100mに誰もいないという状態。

 向かいから来る人や馬車とすれ違うのは避けられないけれど、これもせいぜい5分に1回程度だ。


「そう言えば昨日何を作っていたの? 遅くまで時間をかけたようだけれど」

「雨の日の移動手段」


 そうだ。今のうちに試しておこう。そう思って私はゴーレムのバーボン君と馬車ならぬゴーレム車を出す。


「なにこれ、完全に馬車じゃない。こんなの作っていたの?」


 ふふふふふ。作ったのだよ。チートなスキルを工作力と化して。


「バーボン君が引っ張るゴーレム車。私達が普通に歩くより少し遅いけれど、そのかわり雨の日も快適」


「でもこんな大きいの、バーボンに引っ張らせて大丈夫なの?」

「仕様書には300重1,800kgの荷車を牽引可と書いてあった。このゴーレム車は150重900kg程度。だから問題はない筈」

「ならちょっと試してみようか」


 うんうん、是非試してくれ。

 バーボン君には牽引用として最初から鎖をつける場所がある。4カ所程あるのでそれぞれを対応するゴーレム車の軛部分と短い鎖で繋げば準備完了だ。

 

 後の扉からゴーレム車の中へ入って、前後の扉と左右の窓を開放状態で固定する。

 リディナも乗り込んできた。


「これでいいのかな。でも御者席が無いけれど大丈夫なの?」

「御者はいらない。魔法でゴーレムを操る」


「あ、そっか。ゴーレムは魔法で操れるから御者の必要はないよね。でも振動はどうかな。木の座席だと直接お尻に来るよね」

「まず試してみてから」


 それでは試運転開始だ。

 ゴーレム使役魔法を起動する。この魔法はゴーレム作成と違い、水属性か土属性がレベル1あれば起動可能だ。


 バーボン君の視界が脳裏に表示される。人間よりかなり目線が低い。この辺は要改良だな。とりあえず今は偵察魔法の視点である程度カバーしよう。そんな事を考えつつ出発進行。


 ゴーレム車はゆっくりと動き出す。金属製の車輪と路面とが接する音がそこそこ煩く響きはじめる。


「あれ、全然突き上げが無いね。小さく揺れるけれどショックは感じない」

「ゆっくりだから」


 自作ダンパーがあまり効いていない。思ったより揺れが抑制されていないと感じる。小さく振動し続けている感じだ。


「確かに遅いけれどかなり快適だよ、このゴーレム車。普通の荷車だともっとがっつりお尻に響く振動があるから分厚い座布団が必要なの。

 貴族が乗るような高級乗用馬車ならこれくらいショックもないけれど、その代わりかなり揺れるって聞いたしね。このゴーレム車よりもっと大きく」

「もう少し揺れないつもりだった。まだ改良が必要」


 ちょうどいい油が無かったからエアダンパーにしたのだが、やはりいつかはオイルダンパーにしよう。あとサスペンションのバネレートも少し上げた方がいいかも。


「ううん、これって馬車としては充分以上に快適だよ。確かにゆっくりだけれどね」


 確かにゆっくりだ。さっきまで歩いていたペースより更に遅い。


「今のゴーレムのままでは速さはこの程度まで」 

「でも確かに雨の日は助かると思うよ。もう少ししたら雨が多い季節になるし」


 そう言えばそうだった。

 スティヴァレは基本的に雨の日は少ない。私が来た5月頃から今までで雨らしい雨が降ったのは20日も無かっただろう。


 その代わり9月終わりから12月半ばまでは雨期に入る。雨期と言ってもずっとしとしと降っている訳では無く1日に1~2時間くらいざざっと降るという感じらしい。


 なおこの辺も百科事典を読んで知った事だ。体験するのはこれからになる。


 さて、取り敢えず予定通りに動く事は確認出来たしサスペンションの設定の方向も掴めた。なら試運転はそろそろいいかな。


「リディナ、遅いけれどどうする?」

「もう少し乗っていていいかな。何となくこうやって景色がゆっくり流れていくの、いいなと思って。勿論フミノが疲れるならもういいけれど」

「魔力消費はそれほどでもない。問題ない」


 魔力の消費は常時展開している偵察魔法とたいして変わらない。ゴーレムの動力そのものは操縦者の魔力では無く近辺に存在する魔力を使って動くから。


「ならお願い。どうせ今日はサンデロントの手前か先で野宿して、明日朝サンデロントの市場へ行くんでしょ。ならこれくらいの速度でちょうどいいし」

 

 確かにそうだ。

 なおサンデロントに朝行くのは魚介類を購入するため。魚市場はやはり朝一番でないといい物が手に入らない。あと多少高くてもいいから卵も手に入れないと。勿論米も追加購入だ。海苔は流石に無いだろうけれど。


 なら私ものんびりとしよう。

 ゴーレムの操縦は歩いているのと同じ位の意識で自然に出来る。流石に本を読みながらは無理だけれど、偵察魔法の2つ目の視点で獲物探しくらいは出来る。

 なお1つめの視点はいつも通り私の上空からの周囲警戒中。万が一接近する人や馬車等がいたら操縦に専念するから問題ない。


 街道沿いでは魔物も魔獣も全く見かけない。既に先行している旅行者等がいるからだろう。ここがアコチェーノに続くメインの街道だからその分魔物等もしっかり討伐されている模様だ。


 それにしても魔物も魔獣も本当にいない。うーん、領主がまっとうなのも考え物かななんて下らない事を考えてしまう。勿論一般の人にとってはいない方がいいし正しいのだけれども。


 散々探してやっと2匹発見。小さめだけれど重いアコチェーノエンジュ間伐材の丸太でお亡くなりになってもらう。

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