第81話 私達の結論

 言われた通りに3軒目の家へ。うん、この家は要修理だ。壁も屋根も崩れかけている。


「後で補修する。いい?」

「お願いしていい?」

「当然」


 リディナと小声でそんな会話をしてから玄関へ。


「すみません。フィラーノさんはいらっしゃいますか」


 リディナが声をかける。


「はい……どなたでしょうか……」

「旅行中の冒険者です。冒険者の義務として、簡単な治療と回復を行っています。先程息子さんに体調が悪いとお聞きしたので参りました」


 冒険者の義務に『無医村等での診療代行行為』というものがあるのは本当だ。


 冒険者はその性質上、応急手当や治療技能を持っている者が多い。故に冒険者規定では『治療を期待できない状態でそれを必要とする者がいる際、自らの任務に重大な影響を及ぼす場合を除いては応急治療行為を行わなければならない』とされている。


 ただし義務とは言っても努力規定で褒賞も罰則も無い。だから実際にやるかどうかは冒険者の性格と状況による。


「……すみません、お願い……します……」


 よし、許可は取った。まずはリディナが、そしてリディナが頷いたのを確認して私も家の中へ。


 中はワンルームと言えば聞こえがいいがという間取り。基本的に土間で奥にベッドというか細い板の間があり、そこ布団を敷いて臥せっている姿がある。


 玄関入口から早速ステータスを確認。うん、やはり栄養失調だ。更に風邪が肺炎になりかけている。正直ちょっと危険だ。

 ついでに言うとやはり『デゾルバ男爵領の奴隷』の称号がある。


「少し危ない。強めの治療回復をかける」


 私の方がリディナより水属性の適性が高い分、この手の魔法は強力だ。魔力も多いし、ここは私が魔法を担当するべきだろう。


 まずは治療前にレベル2の回復魔法1回。更にレベル3の治療魔法1回。肺炎も風邪もこれで消えた。更にレベル2の回復魔法をもう1回。これで当座は大丈夫だろう。


「えっ、嘘のように楽になりました」


 起き上がる。ステータスには40歳とあるが50代くらいに見える。この年齢だと女性でも正直苦手。だから近づくのはリディナだけ。私は玄関を入ったところでそのまま待機だ。


「風邪が重症になるところでした。最近少し涼しくなりましたしね。ただ根本的な原因は食事です。もう少し内容のあるものを食べないと」


 そうか。リディナには肺炎という知識は無い。あと栄養という知識も無い。その辺までわかるのは日本での知識がある私くらいなのだろう。


 この世界の医者や治療士なら知っているのだろうか。あとで百科事典で確認しておこう。


「あとリディナ、飲み物と食べ物」


 近づけないのでこの場所からコップと皿を布団近くの板の間へ出し、更にテジェラと乳清飲料を出す。本当はおかゆとかの方がいいのだろうけれど生憎在庫は無い。


「取り敢えずこれを食べて下さい。ゆっくりと噛んで」

「出来る範囲で家の補修をしておく」


 会話内容はここからでも充分聞ける。そして会話そのものはリディナに任せるつもりだ。

 だから私は出来る事をやっておこう。


 この家は基本的には街の普通の家と同じ、木の柱に土を塗り付け土部分を焼いたものだ。だから私の魔法で修理する事が出来る。


 アコチェーノで材木を仕入れた。土はトンネルを掘ったから砂から粘土まで豊富に在庫している。だから材料は問題ない。


 ついでに床部分もただの土間ではなく焼土にしておこう。砂の層を敷いた後、土を載せて固めて焼いてと……


 ◇◇◇


 結局、治療&家の修理でほぼ集落内を歩き回る事となった。


 病人は7人。それ以外外で働いていた村人大人子供あわせて183人。重病人や重傷者はいない。理由は簡単、栄養失調と住環境のせいで病気になるとあっという間に症状が悪化して亡くなってしまうから。

 今回はちょうど気候の変わり目で病人が出始めたところだった。


 なお途中で1回、領主の部下が私達の様子を見に来た。


「何者だ。ここで何をやっておる」

「移動中の冒険者です。本日これから出ると暗くなる可能性があります。それでは危険ですからこの村に留まる予定です。この村は立派な村壁のおかげで安全だと聞きましたから。

 ついでに冒険者規定にのっとり、病人の治療をしています」


 なおこの隙に部下バカのステータスも見てみる。35歳、元D級冒険者か。私やリディナより弱っちい。


 STRちからVITたいりょくは高いがINTちりょくが低い。やはり馬鹿だな。衰えて冒険者ではやっていけなくなり馬鹿領主に雇われたというところだろう。


 なおこいつには栄養失調の記載はない。きちんと食べているようだ。腹や顔の肉具合からして必要以上に。


「そうか。此処はデゾルバ様の魔法のおかげで安全だからな。だが余計な事はするなよ」


 それだけ言って去って行った。馬鹿で良かった。細かい事を気にしなくて。


 さて、ひととおり家々を回った後。壊れて廃墟化した家の中に一番小さい小屋を出して取り敢えず休憩。

 この一番小さい小屋、2階建てを貰って必要ないかと思ったけれどこういう時には便利だ。何せ小さいから家の中にだって出すことが出来る。


 なおリディナは風属性のレベル4として秘話魔法をおぼえたそうだ。これは一定領域内の会話等、音を領域外に漏らさない魔法。早速これを起動してリディナと相談開始だ。


「これって領主が村人を騙して搾取しているんだよね。外は魔物や魔獣で酷い事になっているから出ていけない。国も荒れ果てて税金が高い。だから此処で今の状態でやっていくしかないって。


 ステータスの称号欄にあるデゾルバ男爵領の奴隷というのはそういう意味だよね、きっと。奴隷という身分を本人達が認めている訳じゃなくて、その働かされ方が奴隷的だという事で。


 そもそもこの国では犯罪奴隷以外の奴隷は禁止されている筈だしね。犯罪歴があればステータスに出る筈だけれど無いようだし、そもそも犯罪歴が無さそうな小さい子供にまであの称号がついているし」


 その通りだと思う。リディナの言う通りこの国には奴隷という制度は犯罪者以外にはない。ラノベにあるような隷属紋みたいな措置も行われていないようだ。


 つまり本人達は奴隷という意識はない。ただ騙されて搾り取られているだけで、その搾り取られ様に奴隷という称号がついただけだろう。


 だから私は頷く。


「そしてこのままではまた栄養失調で倒れる人が出るよね。そして何人か冬には死ぬ。違う?」


 まさにその通りだろう。私は頷く。


「でもきっとこの村の人を助けても報酬とかそういうものは無いと思う。むしろこっちが食料とか持ち出す羽目になるくらいで。

 それでも私はなんとか今の状況から助けてあげたいと思う。ただうちのパーティはフミノと私の2人。そして助けるなら私だけで無くフミノも損するし危ない橋を渡ることにもなる。

 それでも私は何とかしたいと思う。そこでフミノはどう思う? 私の意見に引きずられないで自分の思うとおり言って」


 うん、以前の私はいままでこういった時の決定をリディナのせいにしていた。リディナに離れられたくないからとか理由をつけていた。でももうその必要はない。


 私は人が困っているのが嫌なのだ。困ったままなのが嫌なのだ。自分が困った時助けてくれる人がほとんどいなかった。その時の痛みを思い出してしまうから。


 村人の為に助ける訳ではない。私がそうしたいという利己的な動機だ。そしてリディナも助けたいと言っている。なら遠慮する事は全く無い。


「私もなんとかしたい。今の持ち合わせ程度は損しても構わない。アコチェーノに連れて行く?」


 リディナは頷いた。


「そのつもり。イオラさんが言っていたよね。初心者歓迎で働く人大募集って。

 でも本当にいいの? 絶対損するし危ない事もあるかもしれないよ」

「かまわない。それに何とかなると思う」

「ありがとう、フミノ」


 いや違う。


「私もそうしたい。だから礼を言う必要は無い」


 リディナがふっと笑みを浮かべる。


「そういう言い方、フミノらしいよね。ここの人数ならイオラさんのところで何とかなると思う。少なくともここで暮らすよりはよっぽどましだろうし。

 でもこの人数をどうやって村壁の外に出そうか。壁や門を壊すのは領法だけでなく国法にも触れるし、門には絶対見張りがいるし」


 ふふふふふ。実はその方法、既に思いついている。

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