第78話 旅立てず
「せっかくだから開通したトンネルを見てから出ようよ」
「わかった。あと図書館へ行きたい。探したい本がある」
そんな訳で後は図書館へ行き、開通したトンネルを見て、それから旅に出るつもりだった。
しかし結果として私達はどれも出来ず、河原にお家を出して中にいる状態だ。
「まさかここまでお祭り騒ぎになっているなんてね」
「同意」
そういえば朝から町全体の雰囲気がおかしかった。あの時は何がおかしかったのかわからなかったのだが、今ならはっきりわかる。
街の広場には露店が出て食べ物のいい匂いが漂っている。人出が多くて私は歩くのさえ怖い状態。
それでいてせっかく行った図書館はお休み。平日の筈なのに。
西門方向へは馬車や人が列を作っている。木炭を積んだ2頭立て中規格の荷車、生活必需品っぽいのを積んだ馬車、木材を積んだ馬車。そして人、人、人……。
聞こえてくる話を聞いて理由はわかった。どうやらこれはトンネル開通を祝うお祭りらしい。
お祭りだから店も公共機関もお休み。露店が出たり開通したトンネルを見に西へ向かう列に並んだり。それが今の状況だ。
私は人が苦手。人混みは勘弁して欲しい。しかも図書館が休みだった。ここより本が揃っていてかつ私が入りやすい図書館はなかなかない。
だから本を探したりトンネルを見るのは明日にして、河原へと撤退してお家を出した訳である。
いや、何もせずという訳でもないか。リディナが屋台を物色して食べ物を買い込んできた。お祭りで楽しいのはいつもと違うものが食べられる点。これだけは良かったかなと思う。
それにしても図書館が閉まっていたのは残念だった。開いていれば本を探せたのに。
実はミメイさんから昨晩、ちょっと面白い話を聞いたのだ。
「土属性と水属性、火属性の3属性があればゴーレムが作れる。私は今まで火属性が使えないから無理だと思っていた。しかし火属性もレベル1だけれど使えるようになった。だからゴーレムを作る魔法について調べてみようと思う」
ゴーレムが作れれば面白い事が出来そうだ。何が出来るかは今すぐ思いつかないけれど。
だから本を探して購入するつもりだったのだ。
しかしお家を出せば出したでする事はある。
「せっかく新しく快適なお家が出来たんだし中を整えなきゃね」
そう言ってリディナは家具の配置等をはじめた。現在は1階リビングの配置を終了。2階の自分の部屋のレイアウトを試行錯誤中だ。
私はそれほどこだわる気はない。だからベッドと机を出して自分の部屋は終了。現在1階のリビングでカップサラダを味わいながら読書中という訳だ。
リディナが露店で買ってきたのは、棒チーズ肉巻き串とカップサラダとテジェラという肉まんみたいな白いもの。
リディナは棒チーズ肉串が好きなようで作業の合間に2本食べている。しかし私は胃が小さいので食間に重いものは入りにくい。
そんな訳でカップサラダを選んだのだが、これがナイスだった。
外見は素焼きの小さいカップにスティック状の野菜串が突っ込んである形。なおこの手の素焼きの食器は日本におけるプラスチック容器と同じように使い捨てだ。
野菜串はキュウリ、大根、ニンジンを長さ
そしてカップの中にはソースが仕込んである。ジャガイモをふかしたものに脂と香草と塩と酢とひき肉を入れて練り練りした、ポテトサラダとソースの中間みたいな代物。
これに先程の串刺し野菜が突っ込んである訳だ。食べる時は野菜を左右に動かしソースをたっぷりつけて頂く。
これが美味しいのだ。野菜の歯ごたえ、芋ソースのとろっと感といい感じの塩味&酸味。思わずガシガシ食べてしまう。
祭りの露店と言っても日本の屋台と違ってバカ高い値段という訳ではない。むしろ子供でも買えるくらいリーズナブル。しかも家を買わなくて済んだのでお金も結構ある。
それをいい事にリディナが大人買い。だからどれも在庫は豊富だ。だからついつい食べてしまう。流石にカップサラダ3個目はまずいかな。でもあと、もう1個だけ……
なんて迷っていたところでリディナが階段を降りてきた。どうやら自室の整備が終わったようだ。
「フミノ、今度はテジェラが欲しいな」
途中でお腹が空いたようだ。私はリディナの注文にあわせて白い肉まんみたいなものを皿に出す。
「フミノはそのカップサラダが好きなんだ」
「美味しい。おすすめ」
「そっか。ところでこのテジェラ、半分こしない?」
リディナがそう言って肉まん状のものを2つに割る。中は緑色、何かの菜っ葉かな。どんな味だろう。
「食べてみる」
「それじゃどうぞ」
食べてみて思った。中身、野沢菜だこれ。野沢菜にひき肉を入れて炒めたもの。もちろんこの国に野沢菜はないだろうからよく似た別の菜っ葉だろうけれど。
そしてこの外見肉まんもどき、これはおやきだ。つまり野沢菜挽肉いため入りのおやき。しかも少しチーズまで入っている。これが美味しくない訳がない。
「美味しい」
「北の鉱山の方の郷土料理らしいけれどね。お祭りなんかで結構出てくるし私は割と好きなの。フミノも好きで良かった」
ただこれを食べてみて思う。
「お腹にたまる」
「元々肉体労働の人が手軽に食べられてお腹が膨れるという料理だからね。
なるほど。確かに片手で食べられて炭水化物と肉と野菜が採れる。そういう意味では同じようなものなのかもしれない。味は全然違うけれど。
「ところでフミノ、3階、壁を出してくれない? 誰かが来てもいいように部屋のセットをしたいの。出来れば一緒に出す家具を選んでくれると嬉しいかな」
「わかった」
私は立ち上がって本を書棚に戻す。このままここにいてはいつまでも何か食べてしまいそうだ。気分を変えた方がいい。
階段をのぼりながらリディナが尋ねてくる。
「ベッドもテーブルもまだあるよね」
「ベッドは物置小屋改造の家で使っていたのを出す。テーブルも小さいのがあと2つ在庫」
この家は大きいからあの天蓋付きの寝心地いいベッドを出した。だから物置小屋改造の方で使っていたベッドが余っている。
「これが終わったら小さい方の2階建ても中を整えようよ。狭いからベッドマットと布団と小さいテーブルだけになるけれど」
「わかった」
◇◇◇
小さい方の小屋のセットも終え、リビングで一息ついていたところで。
トントントン。玄関扉をノックする音が聞こえた。
偵察魔法の警告なしで玄関扉をノックできる人は限られている。
「はい」
リディナも既に相手がだれかわかっているようだ。
「失礼します。こちらを見たらまだ出ていらっしゃらなかったようなので、ご挨拶にと」
勿論カレンさんだ。ミメイさんもいる。
「わざわざありがとうございます。明日図書館に寄って、また出来れば新しいトンネルを見てから出ようと思いまして」
「そうですか。こちらも本当は今日、トンネルを抜けてローラッテに帰る予定でした。ですが事務がもう少し残っているのと道が混んでいるのとで明日にしようかと思ったところです」
おっと、カレンさん達も今日はアコチェーノ泊まりなのか。
「何なら泊っていかれますか。夕食もすぐできますし、部屋もちょうど空いていますから」
「流石にそれは申し訳ありません。ギルドの空き部屋を確保してありますし」
「いえ、こちらこそお世話になりましたから。それにせっかくですからもう少しお話をしたいですし。フミノもそう思うよね」
私は大きく頷く。私は他人が苦手、でもカレンさんとミメイさんなら大丈夫だ。それにミメイさんにゴーレムの話をもう少し聞きたかったりもする。
「さあ、どうぞどうぞ。お風呂も使えますから」
「それでは失礼します」
カレンさん達が靴を脱いでリビングへやってくる。
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