第8章 山越えはしたくない ~フェルマ伯爵領・2~
第55話 楽をしたいだけ
夕食はパンではなくご飯。それにビーフならぬ鹿肉シチュー、カルパッチョ風サラダ、スープというメニューだ。
パンではなくご飯になった理由はリディナのおかげ。
「フミノはお米の方が好きだよね。だからこれからは朝はパン、夜はお米にするね。勿論疲れた時や何か作りたいものがある時は別として」
リディナの言う通り私はお米の方が好きだ。だから頷いて賛意を示させていただく。
実は日本にいた頃はパンやカップラーメンがメイン。給食はパンだし家にあるのは菓子パンかカップラーメン。だからご飯はほとんど食べていなかった。
だからこそご飯とおかずという食卓が嬉しかったりする。
「それで夕食の時に話したい事って何?」
リディナから聞いてくれたので、トンネルの事を話すとしよう。
勿論事前に何と説明するかシナリオは考えてある。私はアドリブで会話するなんて器用な技を持っていないから。
「ここからまたローラッテに行くの、疲れると思う。この家を使っても」
リディナは頷く。
「確かにそうだよね。こっちからの方がのぼる高さも高そうだし、坂も急だったし」
うんうんリディナ、その通りだ。
「だから楽をする。ただし運送の仕事はあと1回だけ。それで終わりにしようと思う」
「トンネルを掘るつもりね。違う?」
これだけでリディナにばれてしまった。私が描いたシナリオよりかなり早いがまあいいだろう。私は頷く。
「ローラッテまで行くのに山を越えるのは面倒。だから」
「確かにここもローラッテもいい街だったしね。フミノが気に入るのもわかるかな。だから力を貸してあげたいんでしょ」
いやそこは違う。確かにここもローラッテも私は気に入った。でも力を貸したいとかじゃない。そういう発想は壊れた私にはない筈だから。
「単に山を登るのが面倒。それだけ」
「でもトンネルを掘ってローラッテに行ったら公にするつもりでしょ」
「あるものを使わないのは不合理」
リディナは苦笑という感じの笑みを浮かべた。
「いいと思うよ。フミノのそういう考え方、好きだしね。私も毒されているなと思うけれど。でも新しい大きい家は作れなくなるけれどいい?」
それは仕方ない。
「また南に行きながら討伐をすればいい。それにそろそろ海の魚の在庫が減ってきた」
お肉も嫌いではないが生魚はやっぱり好き。それをリディナは知っていて毎回出してくれる。今日もタコ薄切りと鯛もどきの刺身入りカルパッチョが出ているし。
「確かにフミノは海のものが好きだよね。でも大丈夫? ギルドで依頼を見た時にはあまり乗り気ではなかったようだけれど」
確かにそう。恒久的なトンネルを掘って維持するなんて私には出来ない。でも勿論、この受け答えも想定シナリオに入っている。
「ローラッテまで山を登っていくよりは多分楽。使うのも魔力だけ。それに掘った後の維持までは関与するつもりはない」
「途中で崩れるとか心配しなくて大丈夫?」
「水止めや強化措置は一応する。あと私達が中にいる時崩れかけたなら収納で崩れた土や岩を全部収納するまで」
「フミノならではの力押しね」
実はそれ以外に使えそうな魔法もある。まだ魔法の存在を知っただけで私が使えるようになるかはわからない。でも空属性のレベル4だからおそらく大丈夫な筈。
「わかった。私も賛成かな」
「ありがとう」
よし説明終わり。想定の半分以下の会話で済んだ。
これできつい山登りをしなくて済む。ひっかかっていた何かも取れた気がする。一件落着だ。
「なら明日はトンネル掘り?」
「その前にギルドに行く。ローラッテまで輸送の仕事を請け負う」
それこそが本来の目的だ。それにトンネルを掘ったら一応中を行き来してみないと。
「トンネルを掘っても日数は大丈夫?」
「地図で調べた場所なら多分問題ない。3日で掘れなければ仕方ないから山を登る」
調べた場所なら掘るべきトンネルの長さは
「なら明日は冒険者ギルドに寄って、それからトンネルね。なら明日の朝は少し遅めに起きようか」
何故、そう思ってすぐ気づく。朝一番だと冒険者ギルドが混んでいるからだろう。確かに遅めに行った方がいい。
でも待てよ、それならばだ。
「いつも通りに起きる。そのかわり図書館にもう一度行きたい」
何せ調べ物優先で買いたい本を買っていない。いや、途中からは調べ物というより興味本位でこの辺の地域情報を読んでいたのだけれども。
家を此処で買わないなら思い切り本を買える。
「わかった。朝一番は図書館で、次に冒険者ギルドね」
うんうん、私は頷いた。
◇◇◇
翌日。無事小説を1冊購入して冒険者ギルドへ。1冊しか選べなかったのは図書館でつい本に集中しすぎた結果。
なお時間超過でリディナに肩を叩かれるのはまあお約束。
「フミノ、大丈夫だよ」
リディナに確認してもらって冒険者ギルドの中へ。そのままカウンターいるこの前と同じ受付のお姉さんに御願いする。
「ローラッテまでの木炭運搬の依頼を受けたいのですけれど」
「わかりました。冒険者証を確認させていただきます」
ここまではいつもと同じ流れ。だがその後が少し違った。
「すみません。実はこのパーティに是非お願いしたい事があります」
私達の冒険者証を確認したお姉さんはそう前置きをして、そして続ける。
「実はローラッテと
こちらのパーティは大容量の自在袋をお持ちと聞いております。ですのでもし良ければですけれど、ある程度継続的にこの依頼を受けて頂けないでしょうか。
勿論ただでとは言いません。前回往復して褒賞金を受領してから2週間以内に再度往復された場合、褒賞金を1割増額させていただきます。これは同意いただければ依頼書にも記載させていただきます。
そんな訳でどうでしょうか」
「どうする、フミノ」
私は首を横に振る。
「残念ですが、うちのパーティは南部に向かう途中なんです。今回ローラッテへ行く分の依頼は受けます。ですがそういう状態ですのでその先は確約できません」
「そうですか。申し訳ありませんでした。それでは倉庫の方へご案内いたします」
こっちこそ期待にそえなくて申し訳ない。そんな気持ちになる。でも大丈夫、いずれトンネルが開通する。そうすればもう、この運送依頼を気にする事は無くなるだろう。
お姉さんの後について、リディナと私はギルドの外へ。
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