第9話 2人のパーティ

「その代わりお願いがあります。私を雇ってください」


 えっ。思わぬ展開に思考が一瞬停止する。


「見た通り、私の雇い主は死んでしまいました。もう給料は出ないと思っていいでしょう。跡取りもいないし資金繰りも最近厳しかったし、恐らくこれで倒産です。

 ラベルゴ家はケチだったし扱いも悪かったし給金も2か月遅れでしたので貯金も出来ませんでした。今の所持金額では宿に泊まったら1週間も持ちません。次の雇い主を見つけないと1週間後には売春街行きです」


 この世界の1週間とは6日だ。前の世界より1日少ない。


 それにしても売春宿か。金を貰えるだけ襲われるよりはまし。そう考えるのは私が不幸慣れしすぎているせいだろうか。


「今は不景気で、いい雇用先はなかなか見つかりません。1週間で仕事を見つけるのは不可能だと思います。そこでですけれど、フミノさんは狩人ですよね。魔狼でも倒せるくらいの」


 微妙に引っかかるので訂正させて貰う。


「埋めるだけ。戦うのは無理」


 私に近接戦闘の能力は無い。それははっきり言っておこう。

 でもリディナは頷く。


「それで充分です。魔狼を倒せるくらいの狩人ならいくらでも稼げます。魔獣や魔物はいくらでも出てきますし、褒賞金も高いですから。一日にゴブリン3~4匹程度を狩ることが出来れば充分暮らしていける筈です」


 そうなのか。相場は大事典にも載っていなかったから知らないけれど。


「しかしフミノさんは人、特に男性が苦手。更にこの国についてはよく知らない。そうですよね」


 その通りだ。だからうんうんと頷かせてもらう。


「だから人と関わる事は全部私が手伝います。狩り場も私が聞いてきます。買い出しもします。だから私を雇ってください」


 だからそれは待ってくれ。確かに私にとってはとっても有難い。でも本当にそれでいいのだろうか。


「あまり稼げるか自信無い。リディナの給金まで出せるかも」


「衣食住だけでいいです。だから雇ってくれませんか。駄目ですか」


 そう言われてしまうと困る。売春街行きなんてのはかわいそうだけれど。でももう一度だけ、確かめたい。


「本当にそれでいい? 私の手伝いをしながら仕事探しをしてもいい。手伝ってくれる間の衣食住は何とかする」


 私の仕事だけではきっと儲からない。衣食住だけでいいと言っている時点でリディナもその事はわかっているのだろう。


 正直自分が人を雇える人間とは思えない。でも今まで貯めた魔獣や魔物の魔石があればある程度は暮らせる。リディナがさっき言っていた事が確かなら。


 なら雇用という形で縛らず、手伝ってくれるだけでいい。そう言ってもう一度聞いてみた訳だ。


「いえ、雇ってください。正直もう金持ちの家のメイドとかはうんざりなんです。気位だけ高くて口ばかり煩くて、その癖出すべきものも渋る。真面目に仕事していても文句ばかりでいい事なんか何もない。挙句の果てには狼の餌として投げ出されるし。


 でもこの辺の金持ちなんてそんなものです。良心的にやるよりケチで強欲にやった方が儲かる。今残っているのはそんな連中ばかりです。そんな連中の処ではもう働きたくないんです。


 フミノさんの手伝いならあんな連中に雇われるより気分的によっぽどいい。フミノさんは見ず知らずの私を助けてくれましたし。だからお願いします。雇ってください」


 そこまで言われてしまった。

 確かに私もリディナがいてくれると助かる。自分1人では人が怖くて何も出来ない。ならどうすればいい……


 ふと思いついた。雇用と考えると上下関係が出来てしまう。でもそうでなくとも助け合えるちょうどいい関係がこの世界にはある。冒険者のパーティだ。


 今までのリディナの台詞、少し気になる。私は相手に敬語で話されるのに慣れていない。

 年齢も近いのだ。これからは普通に話して貰おう。同じパーティの仲間として。

 私が普通に話すのは難しいけれど。


「雇用はしない。パーティを組む。それじゃ駄目?」


 リディナがえっ、という表情になる。


「でも私、魔獣を討伐なんて出来ないです」


「私がやる。何とかする。でも私は他人が苦手。リディナに頼む。だから対等。対等な仲間。駄目?」


 こういう時にうまく話せたらと思う。対人能力が極限まで低いので言葉がすらすら出ないのだ。


「でもそれでいいの? 私は誰でも出来る事しか出来ないですけれど」

「私が出来ない事が出来る。充分」


 仲間か。向こうの世界ではついぞ私が得られなかった言葉だ。それをまさか私自身が使うとは。


 いつか私はリディナに裏切られるのだろうか。そんな事を思ったりもする。今までの経験から物事を悪い方にしか考えられない。


 でもいいやと私は思う。裏切られたらまたあの洞窟に戻るまでだ。生きていくだけならそれで出来る。この世界はその分、前の世界より私に優しい。

 だから今はリディナを信じよう。理由は簡単、その方が楽だから。


「本当にそれでいいんですか」

「助かる。私も嬉しい」


「ならお願いします。私、役に立ちますから」


 ならリディナに早速お願いをひとつ。


「仲間だから普段の口調でいい。これからよろしく」

「こちらこそ、よろしくおねが……よろしく」


 ふと思い出した。私は今回、服を買いに来たのだった。出来れば服の他に金属関係とかも買おうと思ったけれど、まさかこうなるとは思わなかった。


 まあいいや。結果として服を買えるだろうから。今は流されよう。流れていける方に。

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