第45話 悪夢払い1
事務所を飛び出したノアは、急いでエリックに電話をかけた。一コールで繋がった向こう側からも、やはり無数の悲鳴が飛び交っていた。
≪ノア、無事か!?≫
「ああ。そっちは」
≪無事っちゃ無事だけど、もう既に手に負えねぇ。わりぃけどもう切るぞ、現場を指揮しねぇと≫
「わかった。絶対に共感夢に接続するなよ」
≪おう。お前も、無茶して巻き込まれんなよ!≫
電話を切ると、エマ、レオの順に電話を掛けるが繋がらなかった。安否を確認したいのは山々だが、この混乱の中探し回る余裕はない。
とその時、路地の中から飛び出してきた人物と出合い頭にぶつかってしまい、ノアは後ろによろめいた。飛び出してきたのは少年で、こちらは地面に尻餅をついてしまった。
「すまない。ケガはないかい」
「いってて、あ、うん。ごめんなさい」
見覚えのある顔だった。どこで見たかを思い出して、ノアは少年に尋ねる。
「今朝インタビューを受けていた子だね。共感夢は見なかったのかい」
「あの、その、ぼく……」
少年はポロポロと涙を流す。街の様子を見て回りたいノアであったが、こんな子を一人置いていくのも気が引けた。
ノアに優しく背中をさすられ、少年は必死に言葉を絞り出した。
「おじちゃんに共感夢を見せてあげようって、ぼくのスキャナを貸してあげて。それで、ぼくは、昔使ってたやつで見ようって、でも、こわれてたみたいで、見れなくて…… それで、おじちゃんが向こうで、苦しそうで」
「そうだったのか」
「お願い、おじちゃんを病院に連れて行くの、手伝って! く、ください!」
少年の背後の路地には一人の初老の男性がぐったりと横たわっていた。ノアはゆっくりと男性に近づく。
スキャナのライトは緑色に点灯している。強制終了のボタンを押してみるが反応は無し。スキャナを無理矢理外したところで中継で見たような錯乱状態になるだけだろう。それならば、いっそ……
「少年、名前は?」
「へ、ヘンリー」
「ヘンリー、彼の名前を知っているかい」
「ううん」
「そうか。普段は彼とどんなことを?」
「一緒に遊んだりとかはしなくって。おじちゃん、絵が上手なんだ。ぼくはただおじちゃんのそばに座って、おじちゃんは黙って絵を描くの。来月のぼくの誕生日に、似顔絵を描いてくれるって…… う、ううっ」
少年は再び泣き始めてしまった。
ノアはジャケットの内ポケットからスキャナを取り出すと、それを男性のスキャナと同期させる。
念のため覚えておいた共感夢の接続方法を、まさかこんなに早く試すことになるとは。
「大丈夫だ。ヘンリー、時計は持っているかな」
「時計? うん、持ってる」
「いいかい、十分経っても僕が目覚めなかったら、スキャナごと頭から外してくれ。彼のスキャナは外しちゃいけない、僕のだけだ。約束できるかい」
「わ、わかった。お兄ちゃん、共感夢を見るの? おじちゃんを、助けてくれるの?」
「ああそうさ。約束する、必ずおじちゃんを連れて帰るからね」
ノアは覚悟を決めてスキャナを装着する。皆の様子を見るに、眠っているか否かは関係がないだろうと推測した。
そしてその推測は正しかった。
意識が遠のき、視界が揺れる……
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