2.ホームタウン
「あ、ヴァン様です!」
「本当だ! ヴァン様、ぜひこちらにお越しくださいです!」
ヴァンがラクハ上空に姿を表すと、すかさず市民が歓声を上げた。ヴァンは手招きされるまま地上に降り立つ。即座に人だかりができて、ヴァンは英雄様のご到来と一斉に持て囃された。
「ヴァン様……! すっかり精悍になられて……!」
「お陰様でこの街は元気にやっております。あぁ、なんと感謝を申し上げて良いやらです……」
「は、はは、どうも」
ラクハは終末の雨において唯一被害を受けた地域だ。父・ラフラスの暗殺がなされる前に先走った何処かの国がミサイルを放ち、数十名の命が奪われてしまった。ヴァンにとってはルーダス・コアを継承する直前の出来事であり、まさかこの国が攻撃されているなど知る由もなく、残念ながらラクハを守ることができなかった。
だが、ヴァンは終末の雨直後からこの街の復興に全力を注いでいた。瓦礫の撤去や再開発のための資材の運搬を一手に引き受け、あっという間にこの街の人々に元の暮らしをもたらした。ヴァンはラクハ市民から非常に愛されている。
ヴァンにとってもこの地には縁深い。終末の雨の際、ヴァンは国中にバリアを張る前に一度この街に赴き、被害状況を確認している。そして住民の救助のために分身を一人この街に残したことが功を奏した。結局ミサイルに対応した方のヴァンは死んでしまったため、ここに残した分身がいなければヴァンはもうこの世にいないことになる。
「ヴァン様、またヴァン・ネットワークでいらしたんですか?」
「いつも見守っていただいてありがとうです!」
「い、いえいえ」
正直言うと、ヴァンはチヤホヤされにきただけである。バツの悪さでじんわりと汗をかいた。だがたまにはいいじゃないか。日々この国のために身を粉にして働いているのは事実なのだから。
しかし、せっかく来たのなら一応責務を果たしておこう。ビースティアの女性を狙った犯罪を阻止するために開始したヴァン・ネットワーク。近頃はその抑止力がすっかり浸透し、国内は平穏そのもの。もはや月に数回、地域を絞って行う程度にまで落ち着いている。だが油断した時が一番危険だ。ここらで今一度ヴァンがパトロールしている旨を突きつけておかねば。
「何か事件は起きていませんか? 困り事があったら何でも相談してください」
ヴァンは人だかりに向けて問いかける。しかし彼らは心当たりがないなと視線を上に向けるのみ。ラクハは平和な田舎町だ。犯罪なんてそうそう起こらない。
住民の一人が提案する。
「あ。あのお店に行けば色々とお話を聞けるかもしれないです」
「あのお店?」
「あっちの角にあるプラネスっていうレストランです。この時間だと街中の酔っ払いが集まっているので情報を集めるならちょうどいいかもです」
「なるほど……」
確かに人が集まっているならそれだけ情報も集まっていそうだ。住民から話を聞くには最適かもしれない。ヴァンは人々に礼と別れを告げ、プラネスという店に向かった。
「……ここか」
どこか古風なログハウス調の作り。赤い三角屋根中から伸びる煙突。まるで絵本から飛び出てきたようだ。中からは賑やかな声が漏れている。ヴァンは木製のドアを開け、中を覗った。
「……え⁉︎ ヴァン様だ!」
即座に客の一人がヴァンに気がついた。即座に注目が集まり、ヴァンは所在なさげに後頭部をかく。
「ヴァン様! どうされたんです?」
「英雄だ! 英雄がやってきたです!」
俄かに盛り上がる客たち。どうやらその大半が酔っ払っていた。この辺りは漁師の街だ。昼過ぎには仕事を終えて飲み始めている人も多いのだろう。
全てのテーブルがヴァンの話題になり、「ヴァン」という単語と合わせて「です」という言葉も続々と耳に飛び込む。これはラクハ弁と呼ばれる方言だ。首都と離れたこの街は元来外部と交流の少ない閉じた世界だったが、ルーダスが魔法で鉄道を整備したことがきっかけで急速に観光地化した。荒っぽい漁師たちが観光客に向けて精一杯丁寧に喋ろうとした結果、語尾に「です」をくっつけるという乱雑な敬語が流行り、方言として定着したとのことだ。
「ヴァン様、こっちで一緒に飲もうです!」
「バカ、ヴァン様はまだ十七歳です!」
ラクハ弁は女子が使うと可愛いと評判である。しかし店内は屈強なおっさんまみれで、ヴァンはその恩恵に預かれなかった。慣れない酔いどれの勢いに気圧されるのみである。
「……いらっしゃいませです」
そんな中、ようやく女性の声が聞こえた。ヴァンは音の方向に首を向ける。しかし人影が見当たらない。おやおやと思いもう少し首を動かすと、声の主は下にいた。身長百五十センチに満たないであろう小柄な女性が、やけにぶすっとした態度でヴァンを睨みつけていた。
「アンタ、何しにきたです。客じゃないならとっとと帰るです」
「え……?」
その女性は虫を追い払うかのようにしっしと手を払った。口ぶりや身につけたエプロン、きっちりと整えられた二本の太い三つ編みから察するに彼女はここの店員だ。だがヴァンは、全く歓迎されていないらしかった。
「あ、あの、見回りです。ビースティアの女性が犯罪の被害に遭っていないか調べていまして、住民の方々に聞き込みを────」
「はぁーん? ビースティアのねぇ……」
女性は眉を顰めて不快感を露わにした。まだ顔を合わせて数秒しか経っていないにもかかわらず既に確信した。彼女はヴァンを猛烈に嫌っている。ヴァンは日々自分のアンチに遭遇しているが、ここまで露骨な態度を取る人はなかなかお目にかからない。
「そりゃどうもです。ビースティアの女は肩身が狭い思いをしてるです。……フン、誰のせいだと思ってるです」
「……っ」
彼女はビースティアだった。猫耳ややけにとんがっており、威嚇するように尻尾を膨らませている。その威圧感は猫を飛び越え、さながら虎のようだった。彼女はいい加減我慢ならんとばかりに、ドスの効いた声で口火を切る────。
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