6.魅惑の小悪魔
***
何てややこしい一日だ。
全世界が注目する目の前でウィルクトリア軍の力を見せつける。ヴァンはこの計画も進めなければならなかった。ヴァンは最後の準備である、「報道陣を街中に集める」に取り掛かっていた。その辺のホテルやTV局内で会見を開いても無意味。アラム上空にすぐカメラを向けられる場所に誘導しなければならない。
────第五夫人・キティアが首都アラムの中心部にある広場にて、ベンチに腰掛けて本を読んでいた。周辺は高層ビルに囲まれているものの、この周辺だけは空が広い。その開放感からか首都の中でも有数の人気スポットだ。
ヴァン[キティア]はベンチの背後に待機している。透過魔法で姿を隠し、息を殺し、ひっそりと。これは妻をストーキングするという異常行動では決してなく、特殊な夫婦による特殊なプレイでもない。国家の未来をかけた重要な計画の一環だ。
「見ててねヴァンさん。すぐ始まりますから」
キティアは通行人に聞こえないようにそっと呟いた。彼女の声を聞くと全身のY遺伝子が彼女に引き寄せられる、そんな気がする。そしてどうにもその感覚はヴァン特有のものではないらしい。
「そ、そこのお姉さん。お一人ですか?」
通行人の男Aがキティアに声をかけた。ナンパというやつだ。さらに、
「君可愛いねぇ! どう? 俺とご飯行かない?」
男Bも出現。
「待て! 僕がエスコートするんだ!」
「いや俺だ! 可憐な彼女には俺こそが相応しい!」
続いてCとDも寄ってくる。その背後には既にKあたりまで発言の隙間を探っている男たちが群がっている。
「え〜? どうしよっかな〜?」
キティアは微笑を浮かべて曖昧な態度を取る。小悪魔とは彼女のことを言うのだろう。
────「あたしが大騒ぎを起こすからヴァンさんが派手に助けてください」。それが彼女が提案した作戦だ。人の多いこの場所でヴァンが人目につく行動を取ればヴァンがここにいるという情報はすぐ広まる。付近のビル群にはテレビ局もあるので、きっとすぐ嗅ぎつけてくれるだろう。
とはいえ、愛妻家のヴァンとしては受け入れ難い状況だ。揃いも揃って人の妻に色目を使いやがって。やっぱりこんな作戦やってられるか。
ヴァンが透過魔法を解こうとしたその時、ベンチの背もたれにある隙間から尻尾が垂れてきた。「触っていいから黙ってろ☆」というメッセージだろう。ヴァンは一瞬迷ってしまった。キティアはその隙に突き進む。
「あたし力持ちな人が好きなんです〜。そうだ! 一番早く腕立て千回できた人とデートしようかな〜☆」
ぶりっ子仕草と共に無慈悲な要求をする。しかし男共は健気にも我先にとその場で腕立て伏せを始めた。声をかける勇気がなく遠くから様子を窺っていた男たちまで参加したため、もはやアルファベットでは足りない人数となった。異様な光景。これだけでも充分取材対象になり得る。
男たちはやがてうめき声を上げ、脱落してその場に倒れ込む者が増えてきた。三百を超えても心が折れない猛者も数名いるが、もう顔色が悪い。地獄絵図だ。
「……やっぱや〜めた。皆さん、ごめんなさい。あたし愛する夫がいるんで他の男の人とは話すのもゴメンなんです☆」
「「「⁉︎」」」
やりたい放題だな、まったく。
「ふ、ふざけるな!」
「酷い! 僕たちを弄んだんだね⁉︎」
流石に抗議の声を上げる男たち。……そろそろ潮時だろう。ヴァンは介入を始める。
「何の騒ぎですか?」
「「「⁉︎」」」
突如姿を現したヴァン・スナキアの姿。その場にいた全員が声を失った。────キティアを除いて。
「まあ! ヴァン様じゃありませんか!」
「ど、どうも」
「お、奥様が誘拐されたというニュースを拝見しました! 安否は確認できたのですか?」
「分身して国中を捜索しています。その道中でたまたまこの騒ぎを見かけたので」
「そんな……! 大切な奥様が危ういこのような時にも、市民を守ろうとしてくださったのですね……!」
キティアは事前に仕上げた台本に則り、つつがなく小芝居を展開した。目には涙を浮かべている。大した演技力だ。小悪魔には標準装備のスキルなのだろう。ついでにヴァンのイメージアップを狙ってくれたのも有り難い。
「な、何の騒ぎか知りませんが、安全な場所にお連れしましょうか」
「あら、お願い致します」
ヴァンが手を差し出すと、彼女はまるでダンスの誘いを受けたかのように手を乗せた。男たちは憎々しげな表情でその様子を見守っていた。文句の一つや二つ言わせてほしいのだろう。しかしかのヴァン・スナキアの前では何もできない。
「フフ、これで許してくださ〜い☆」
キティアが贖罪の投げキッスを残す。ヴァンは嫉妬に燃え狂いながらも彼女を連れて自宅にテレポートした。
「ティア、やりすぎだ……!」
早速苦言を呈させてもらう。
「えー? でも最終的にはみんな喜んでますよね?」
ヴァンはあちらに残した分身と情報を交換する。男たちは投げキッスに心を撃ち抜かれてもはや怒りを完全に忘れてしまったようだ。結局彼らにとっては良い思い出になったようである。そして狙い通りあの騒動がメディアを呼び寄せ、ヴァンの計画が一歩前進した。作戦を成功させた上にある意味犠牲者もいなかったのである。
「どうしよう、あたし本気出したら戦争起こせるかもしれないです」
「勘弁してくれ……!」
夫は今まさに戦争を防ごうと頑張っているのに。
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