12.雪解け

 みんなで行こうというジルーナの一声に全員同時に頷いて、一斉に玄関に向かう。そして恐る恐る鍵を開けると、ゆっくりと扉が開かれた。


「ど、どうもな……」


 苦笑いするドレイク。そしてその背中に、赤ら顔のヴァンがおんぶされていた。見るからに彼は深く酔っ払っていた。


「と、突然済まないな。……ああ、もう、何から話せばいいか」


 ドレイクは面倒くさそうに顔を顰めていた。しかし妻側も何から聞けばいいのか分からないので彼の説明を待つしかない。


「……今日こいつから全部聞いた。あー、……君達と結婚した本当の理由をな」

「え……?」


 ヴァンにはビースティアの妻と子どもを成す奇跡を待つ他ない。そうしなければこの国は終焉を迎える。今まで必死に隠してきた秘密だ。


「……こいつはこいつなりに戦っていたんだな。不器用な男だ。一人で背負い込むことはなかっただろうに」

 ドレイクはぶっきらぼうに言い捨てる。そして、

「もはややむを得ん。俺はこいつに付くことにした。国が軍を使って何か仕掛けてくる時は必ず大将である俺の耳に入る。事前にヴァンに伝えよう」


 ドレイクは頼もしい言葉とは裏腹にうんざりしたように表情を曇らせて、玄関の床にヴァンを置いた。ヴァンは座っていることもできず、そのまま上半身を倒して廊下に寝そべった。


 ドレイクは興味深げにジルーナに視線を向けた。


「あ、君は確か使用人だった……。見たら思い出すものだな」

「ご、ご無沙汰しております」

「サリエが迷惑かけたな。済まない」

「い、いえ、ウチの夫の方がよっぽどです……!」


 ジルーナは滅相もないとばかりに顔の前で手をブンブン横に振った。


「……あ、あの、この人はどうしてこんなことに?」


 ジルーナが代表して問いかける。ヴァンが泥酔している理由がまださっぱり分からない。


「ヴァンから一通り話を聞いた後、飯に誘ったんだ。久しぶりに話そうとな。こいつ、やたらとはしゃぎやがって」

「……多分、お兄さんと仲直りできて嬉しかったんだと思います」


 目を瞑ってむにゃむにゃと口元を無意味に動かしている夫を、ジルーナは愛おしそうな目で見つめていた。


「やけにハイペースで飲むもんでな。都度都度大丈夫なのか聞いてはいたんだが、元気な分身と合流すれば元気になるからと止まらず……。実際合流するたびシラフに戻ってはいたんだ。だが気づいたら他に分身がいなくなっていたらしい」


 なるほど、流れが掴めてきた。夫は浮かれすぎたのだ。


「おいヴァン! 家に連絡くらいしろとあれほど言っただろ!」


 ドレイクがヴァンの足を軽く蹴る。するとヴァンは慌てて、


「し、しましたけどー?」


 間抜けな声を放った。するとミオがヴァンの近くにしゃがみ、


「来てないわよぉ、ヴァンさん。もう携帯の操作も覚束なかったのねぇ……」


 呆れたように口を尖らせながらも、ヴァンの頭をそっと撫でる。


「……ど、どうしようかしらぁ。怒るに怒れないじゃない」

「あのねぇ、ヴァン君幸せそうな顔してるねぇ」


 普段から国や妻の安全のために常に気の抜けない生活を送っている夫である。お酒はたまにしか飲まないし、飲む際も健康な分身を控えさせるという保険を設けないければならない。こんなに全力で酔っ払ったことなんて、生まれて初めてなんじゃないだろうか。


「家で何か起きたら飛んでいく準備はできていると言っていた。こいつのことだからどんな状態になってもそこは本当だと思うが、一応俺の方でも警戒していた。何もなかったか?」

「大丈夫でした。もう、そんなお気遣いまでさせてしまい……」

「どうお詫びしていいやらです……」


 ジルーナとシュリルワが縮こまって頭を下げ、他の面々もそれに次ぐ。


「いや、構わない。むしろ俺がついていながら飲ませすぎて済まないな。では失礼する」


 ドレイクはサバサバと挨拶を済ませて踵を返す。

 彼は終始、気まずそうな態度だった。もう長い間ずっと、ヴァンと妻たちの結婚に異議を唱え続けていた人物なのだ。実の妹が全国放送で彼女たちを非難していたという経緯もある。味方になると決めた今も、今更合わせる顔はないと考えているようだ。


「あ、あのっ!」


 そんな彼の背中を、シュリルワが引き留めた。


「もし良かったら、……今度もこいつにお酒の飲み方を教えてやってほしいです」

「……」


 ドレイクは足を止める。そして静かに振り返った。


「ああ。君たちを……、妻を、怒らせない程度に済ませるコツを仕込んでおく」


 ほんの少しだけ笑顔を見せ、テレポートで去っていった。



 ────さて、ここからは妻の作戦会議。この夫をどうしたものか。



「ヴァン様分身できますかね? 今日の<検閲されました>はおあずけでしょうか?」

「フフ、無理そうねぇ♡ 誰かの部屋で引き取ってもらいましょう?」


 普段ヴァンは八人に分かれて妻とそれぞれ一対一で一夜を過ごす。今日の彼にそんな余力はなさそうだ。そして酔っ払いの介抱と言えば名前が上がるのは、


「シュリがやるです。慣れたもんです」


 酒場で働いていた経験のある彼女ならお手のものだ。


「あ、でも運ぶの手伝ってほしいです」

「アタシやるぜ! 力仕事は任せてくれ!」


 ユウノが張り切って胸を叩き、ヴァンを引っ張り起こして背中に担いだ。体格差はかなりあるのに見事なものだ。

 ユウノと共に全員でゾロゾロと二階のシュリルワの部屋へと足を進め始めた時、すでに意識が朦朧としていると思われたヴァンが、急に興奮気味に喋り始めた。


「ユウノー⁉︎ なんか今日いつにも増して可愛いぞ?」

「……⁉︎ う、うるさいな! みんなの前で言うなよもう!」

「あ、す、すまん……!」


 二人きりの時以外は不用意にベタベタしないのがルールだ。だが皆、そりゃあうっかり言葉にしてしまうだろうなと思って見守っていた。ただ夫が酔っ払っているからというだけではなく、ユウノ自身の変貌が凄まじい。


 ────彼女はまだ化粧を落としていなかったし、勇気を出して買ってみたスカートをまだ身につけていた。ミオが彼女の部屋にやってきて散々ダル絡みをしてきたせいで装備を外す時間がなかったのだ。


「……良かったじゃない、ユウノ」


 ユウノを仕上げた張本人であるエルリアが得意げに囁いた。ユウノは顔を真っ赤にしながら、それでも小さく頷いた。


「ねぇ、ヴァン様いないし二人でお泊まり会しない? 化粧落としも習っときなさいな」

「……うん。今日はホントにありがとな」


 どうやら二人の喧嘩はこれで終結しそうだ。


「大体作戦通り?」

「フフ、概ねそうねぇ♡」


 少し離れて先輩二人がほくそ笑んでいることに、当の本人たちは気づかない。


「あっ、イリスに連絡した方がよくないっ⁉︎」


 ヒューネットの元気な声にジルーナが反応した。


「お手間かけちゃうけどヴァンがこれだし一応お泊まりしてもらおっか。こっちもお泊まり会だね。……ミオも今度こそ会ったら? ママも『ミオのことは後でフォローする』って言ってたからちょうど良かったんじゃない?」

「ふーん……? まあ、ジルがどうしてもって言うならぁ」

「ハハ、いい加減拗ねないの」


 賑やかに、八人と夫は進む。やがてシュリルワの部屋のベッドに到達し、夫を寝かせて布団をかけた。


「じゃあ後は任せとくです。誰か何か言いそびれたことないです?」

「あ、はーい! あたしちょっといいですか!」


 キティアがトコトコとヴァンの耳元に駆け寄って、得意げな顔で囁いた。


「昨日と今朝はごめんねヴァンさん。……はい、あたしが先に謝りましたよ」

「……⁉︎ お、俺から言うって……!」

「そんな状態で帰って来るから先を越されるんですよ。だから次から倒れない程度にしてね? 心配しちゃうから」

「……ああ」


 先に謝りたいというヴァンとキティアの喧嘩は、キティアの勝利で決着した。しかし見方を変えれば先に謝った方が負けとも取れる。────きっと元々喧嘩に勝ち負けなんてないのだ。先輩にもそう習った。


「「「おやすみ〜〜」」」


 挨拶を残して去っていく面々を見送って、シュリルワは一息つく。そして気を取り直し、夫に水でも持っていってやることにした。


「……まだ起きてるです? 水いっぱい飲んどいた方が明日楽ですよ」

「あ、ああ」


 ヴァンは重たそうな上体をどうにか持ち上げてコップを受け取った。注がれた水を一気に飲んで大きく息を吐いた後、怯えるような目でシュリルワを見た。


「ご、ごめんな……?」


 落ち着いて、水を飲んで、少し平静を取り戻したらしい。その様子が叱られる前の子どもみたいで、シュリルワはクスクス笑った。


「フフ、構わんです。アンタが楽しかったなら……」

「シュリ……」

「それに、こんなの可愛いもんです。あの時のミオの方がよっぽど面倒臭かったです」

「あー……」


 二人は少し、昔のことを思い出した。



(第13話 完)



〜〜作者より〜〜

次回は第三夫人・シュリルワとの馴れ初め編になります。大変申し訳ありませんが、しばらく書き溜め期間をいただきます

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